『現代アジア経済論 「アジアの世紀」を学ぶ』の概要と合評会のお知らせ

3月末に刊行された『現代アジア経済論』の合評会を5月16日に開催します。ご興味ある方は以下より登録いただき、ご参加ください。

 


本書の概要については、職場の英文ニュースレター用に書いた原稿があるので、せっかくなので邦文版を以下に公開しておきます。


 

『現代アジア経済論 「アジアの世紀」を学ぶ』の概要

 

アジア経済の教科書を書く

21世紀生まれの学生達が大学に入学してくる時代に、アジア経済についてどのように授業を行えばよいでしょうか?彼らにとって、「経済大国・日本」も、「工業化」も、「アジア金融危機」も、実感の沸かないストーリーであるようです。彼らにとって現代のアジア経済について関心を持つきっかけは、世界金融危機や中国の経済大国化といった2000年代以降の出来事です。戦後のアジア経済の激動ぶりを学びながらも、2000年代の激変ぶりを理解するにはどうすればいいのか?筆者らは、こうした問題から『現代アジア経済論 「アジアの世紀」を学ぶ』(有斐閣、2018年3月、遠藤環, 伊藤亜聖, 大泉啓一郎, 後藤健太編著)を出版しました。

 

国別の章だてをやめた

本書は国別の章ではなく、イシューごとに章を立てて、アジア経済に共通する変化と課題を強調しました。

これまでにも日本ではたくさんのアジア経済の教科書が出版されてきました。これは日本のアジアに対する深い関心に裏付けられています。こうした教科書を編集する際の一つのアプローチは、国別に章を立てて議論することです。例えば、「第4章 ベトナム経済 社会主義とドイモイ政策」という風に。こうした国別の議論には、特定国が持つ独自の歴史的経験や条件を深く掘り下げることができるというメリットがあります。しかしながら、アジアの多くの国々が中所得国水準に入るなかで、国境を超えて、多くの国々が共通の変化や課題に直面し始めています。そこで本書では、章立ては国別ではなく、論点ごとに章を構成しました。例えば域内での相互依存の深まりを論じた第二章「アジア化するアジア」、国を横断して生じつつあるメガリージョンの台頭に注目した第八章「都市化するアジア」、といった具合です。結果的に、国家の枠ぐみに加えて、企業、都市(地域)のレベルからアジアを考えるというスタイルになりました。

目次はつぎのとおりです。ここまで読んでいただければお判りいただけましたね、そうです、このエッセイはこの教科書を買ってもらうために書いているのです!

 

目次

序章 「アジアの世紀」のアジア経済論(編者)

 

第Ⅰ部 アジア経済の新局面

第1章 変貌するアジア――アジア経済はどう論じられてきたか(編者)

第2章 アジア化するアジア――域内貿易と経済統合の進展(大泉啓一郎・後藤健太)

第3章 中国が変えるアジア――改革開放と経済大国・中国の登場(伊藤亜聖)

 

第Ⅱ部 越境するアジア

第4章 生産するアジア――グローバルな分業ネットワークと地場企業の発展(川上桃子・後藤健太)

第5章 資本がめぐるアジア――成長と資本フロー(三重野文晴)

第6章 移動するアジア――相互依存関係の深まりと加速するヒトの流れ(町北朋洋)

 

第Ⅲ部 躍動するアジア

第7章 革新するアジア――中所得国化と成長パターンの転換(伊藤亜聖)

第8章 都市化するアジア――メガリージョン化する都市(遠藤環・大泉啓一郎)

第9章 インフォーマル化するアジア――アジア経済のもう1つのダイナミズム(遠藤環・後藤健太)

 

第Ⅳ部 岐路に立つアジア

第10章 老いていくアジア――人口ボーナスから人口オーナスへ(大泉啓一郎)

第11章 不平等化するアジア――貧困から格差へ(浦川邦夫・遠藤環)

第12章 環境問題に向きあうアジア――後発性と多様性のなかで(生方史数)

第13章 分かちあうアジア――開発協力と相互依存(佐藤仁)

終章 競争するアジア,共生するアジア(編者)

 

第一部は最も大きな変化を概説

第一部ではまず過去を振り返ったうえで、アジア経済で2000年ころから生じたメガトレンドを取り上げました。我々はアジア域内での貿易・投資をはじめとする関係の緊密化をまず取り上げて、第二章で「アジア化するアジア」として議論しました。域内貿易という事実上の経済統合が先行した後に、制度的な統合が生じています。そして第三章ではもう一つのメガトレンドとして、中国経済の台頭を取り上げました。アジア経済に占める中国の比率の高まりに加えて、中国企業の対外投資も活発化しています。振り返ってみると、1980年代から始まった改革開放とは、まさにアジアNIEsの外向き工業化戦略を中国が採用することを意味し、アジアが中国を変えたといえます。1990年代から2000年代まで、中国とその他のアジア諸国との貿易関係の深化をへて、2010年代には中国発の投資や開発計画が活発しています。「アジアが中国を変えた時代」から、「中国がアジアを変える時代」へと徐々に移行していったわけです。

 

第二部は国境を越えた動きに注目

続いて第二部では国境を越えたモノ、金、人の動きに注目しました。第四章はモノの生産と取引を議論した「生産するアジア」です。アジア域内で形成されたサプライチェーンは「アジアンプロダクションネットワーク」とも呼ばれており、多国籍企業のみならず、ローカルな中小企業もこうした国境を越えた分業体制に組み込まれるようになっています。第五章では域内での投資や融資といった形での資金の動きを議論する「資本がめぐるアジア」です。1997年のアジア金融危機では、短期的な投資資金の引き上げが起きることで、タイやインドネシア、そして韓国といった国々で金融危機が生じました。アジアはこうした危機から学び、金融安定化のための制度を構築してきました。第六章では、人のうごきは「移動するアジア」と題して移民の役割を高度人材の獲得競争も含めて検討しています。

 

第三部は経済成長の原動力を掘り下げる

第三部は「躍動するアジア」です。第七章の「革新するアジア」では、アジア域内で高度な人材が育成され、そして研究開発や活動が活発化していることに注目しています。地域内から世界的ハイテク企業が生まれるようになったことを、人材育成、産業集積とネットワーク、そしてイノベーション政策の観点から取り上げています。第八章では国を問わず、メガリージョンとも呼ばれる大都市圏が台頭し、そこでは似通った生活パターンがみられていることに注目しています。バンコクでも、上海でも、ジャカルタでも、若者はスマートフォンを持ち、流行商品を消費する時代に入りました。第九章ではアジア経済のもう一つの側面である、インフォーマルエコノミーを取り上げています。アジアを旅行すれば目にする露店やスラム地域での経済活動にも光をあてて、アジア経済の重要な一側面として議論しています。

 

第四部はアジア経済が抱えるリスクを向き合う

第四部ではアジア経済が共通して直面する課題を取り上げています。その筆頭は、人口構造の高齢化です。急激な人口構造の変化は、社会保障負担の増加をもたらしており、このような変化にどのように政府やコミュニティが対応するかが問われます。もう一つの大事な論点は、所得不平等の問題です。これはアジアに限定される問題ではありませんが、世界的に所得格差の拡大が観察され、技術進歩やグローバリゼーションのもとで問題として認識されるようになってきています。さらに経済成長の一方で、環境問題もアジアでは深刻化しており、森林伐採に代表される「グリーンイシュー」と、大気汚染に代表される「ブラウンイシュー」の両方に対処しなければなりません。また、域内の富裕化に伴って、アジアは開発支援を受けるだけでなく、開発支援を行うドナーへと変化してきました。成長の果実をどう分け合い、また開発の方向性をどう決めていくのかが、当事者として問われるようになっているのです。

 

ぜひ買ってください

我々の教科書で議論しきれなかった点もあります。第一はインドを筆頭とする南アジアの発展を議論できていない点です。第二は、アジア諸国の政府や大企業がアジアを超えて、先進国や、アフリカや南米といった新興国で投資を行う時代に入っていることをどう捉えるか、という点です。これらの論点については大きな宿題として今後の課題となりました。

こうした不完全な点も残りましたが、我々の教科書はアジア経済の重要なトレンドを大胆に捉えることに焦点を絞りました。越境し、躍動し、そして岐路に立つアジア経済のいまを知る道しるべになれば幸いです。

(伊藤亜聖, 2018年4月3日執筆)

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