過去数年、時折耳にしていた貴州のビッグデータ産業基地を訪問する機会がありました。いくつか感想をメモしておきます。
1.貴州からもユニコーン企業~「後発地域xテック」でなにが起きるか
貴州といえば中国の中でも内陸に位置し、なおかつ目立った産業のない貧困地域と位置付けられてきました。1980年代に現地を訪れたことのある方からは当時はご馳走として出てきた食べ物が豆腐だったという話を聞いたことがあるほどです。
現在重慶市党書記に昇進した陳敏爾氏が貴州省書記の時代に、米国を視察し、現地のビッグデータ産業の胎動を目にし、それを貴州省の発展戦略の中核に据えたことが、現在の蛙飛び型のビッグデータ産業発展戦略につながっているそうです。現地では政策のキーワードが「脱貧困、ビッグデータ、大自然」が標語となっているほどです。
現地ではハイテク区におけるビッグデータ関連の展示室なども見ましたが、個人的にもっとも印象だったのは現地でのテック系企業の成長です。その代表ともいえるのが、Uberの物流トラック版ともいえる「貨車帮」という会社で、この会社は貴州省から唯一のユニコーン企業となっており、テンセントや世界銀行からの融資を受けています。
また、遠隔医療のサービスの社会実装も進められており、医療のマッチングサービスの領域では「貴州インターネット病院(贵州互联网医院)」というサービスがすでに展開していました。スマートフォンからも診察を受けられるほか、貴州省内の貧困地域の高齢者を想定して、貴陽市市内の中核病院と、農村の診療所をつないだ遠隔診療の仕組みもすでに実動していました。あるおばあちゃんが遠隔診療を受けている映像をリアルタイムで見たのですが、こうしたサービスが、貴州という貧困地域かつ山岳地域で導入されていることには驚きました。
中国にかぎらず、ユニコーン企業に代表されるベンチャー企業の立地は主要都市に集中しています。下の表に示しているように、中国のユニコーン企業の87%が北京、上海、深圳、杭州に集中している状況です。しかしながら、貨物輸送や遠隔診療といった地域のニーズに根差したサービスからベンチャー企業が伸びてきていることもまた事実です。「後発地域xテック」「貧困地域xテック」というような切り口で、主要都市へのベンチャー経済の集中と同時に、ロングテイルというか、中国の広大な地方で、少しずつでも有力なテック系ベンチャーが育ってきているとしたら、この現象には注目が必要でしょう
表 中国のユニコーン企業の立地データ(2017年11月末時点)
ユニコーン企業数 | 中国全体に占める比率 | ユニコーン企業の企業価値総額 (億人民元) | 中国全体に 占める比率 | |
中国合計 | 120 | – | 29,470 | – |
北京 | 54 | 45% | 13,750 | 47% |
上海 | 28 | 23% | 4,580 | 16% |
杭州 | 13 | 11% | 5,420 | 19% |
深圳 | 10 | 8% | 2,840 | 10% |
四都市合計 | 105 | 87% | 26,590 | 92% |
注:2017年11月30日時点で、胡潤研究院の集計で、10億ドル(70億元)以上の評価額の企業のリストである。集計対象地域は中国大陸および香港、マカオ、そして台湾を含む。 | ||||
出所:『2017胡润大中华区独角兽指数』(Hurun Greater China Unicorn Index 2017)より(http://www.hurun.net/CN/Article/Details?num=5602F6026D18)。 |
貴陽のような後発地域でトップダウンで特定産業を支援しようとするビッグプッシュ政策をどう評価すべきかは、現状では評価が難しい問題です。一面では、現実とのかい離が生じている可能性も否定できません。見学したビッグデータ展示センターの周辺では、正直あまり多くの若者を見なかったことも事実です。ただ、現地での新興産業の育成の他に、中国全土としてみたときに、こうした内陸地域でも新興産業の発展戦略が策定され、遠隔診療を筆頭に、現地政府によるサポートにより新サービスが実装されていっています。「中国全土として事実上の、そして結果的な規制のサンドボックス」となっていることを考えると、こうした地方政府およびその意思決定者が思い切った政策を試していることを、単純に否定するだけでは済まされてないでしょう。
2.沿海部のイノベーションエコシステムが内陸に浸透し始めている
今回の調査でもう一つ驚いたのは、あるアクセラレータ/コワーキングを訪問した際の事業モデルでした。訪問したスペースは、渓雲小鎮というスペースで、現地の地方政府が開発プロジェクトを立ち上げたものの、その実際のオペレーションは深圳市のベンチャーキャピタル(沸騰創投、このブログでも何度か取り上げている深圳湾ソフトウェア産業基地のVCビルに本部)の人材が担っていたことでした。内装もそういえば深圳市のコワーキングスペースで見たことのあるようなデザインが目立ち、まさにこの事例では深圳モデルの波及とも言えそうな現象が観察できました。
実際に入居してる4社の企業にインタビューをできましたが、目立ったのは、沿海部のコンテンツ系やネット系のベンチャー企業で、本部を沿海都市に置きながら、内陸部での事業の拡張を目指して二次展開をしているパターンでした。現状ではこのコワーキングスペースはプロジェクトを集めるためにある基準を満たす企業に対しては賃料を無料に設定しており、こうした支援のもとで、沿海部からも企業が来ているようでした。同時に、渓雲小鎮は貴州大学のキャンパスのすぐ近くに立地しており、また周辺の大学を合わせると在校生は20万人を超えるという大学街でした。このため、現地の学生の創業事例もあり、今後はこうしたローカルな人材による創業も支援していくことを目指していました。
渓雲小鎮の事例では深圳市のVCがからんでいましたが、こうした。これまで特定都市に集中してきたエンジェル投資も今後広がっていくことになりそうです。
「大量の創業にもとづくイノベーション」という波が、沿海部主要都市を超えて、どこまで面として広がるのでしょうか?この点は、中国のマクロ経済にあたえるベンチャーエコノミーの貢献と可能性を考えるうえでも重要な論点となりそうです。
ハイテク区の中に建設された「ビッグデータ広場」。
「ビッグデータ広場」にある展示室で見た政策的支援のタイムライン。習近平、李克強といったトップレベル層が貴陽のビッグデータ産業発展を支持していることを宣伝していました。
貨車帮のリアルタイムでの貨物発注の状況を見ました。数秒おきに新たな発注がプラットフォーム上に流れ込み、それに個人や企業の運送業者がマッチングされていきます。
貴陽インターネット病院での、リアルタイムでの診療の状況。ある村の診療所と貴陽市人民第一病院をつなぎ、診療をしていました。
スマホからログインして、人民医院の先生を選び、診療。このほかにも予約も取れるようになっていました。これは中国でこれまで深刻な問題であった病院の番号待ち問題の解決にむけてとても大事な取り組みです。私も2007年に留学していた時に、高熱を出して体調を崩して病院に行った際、長時間待たされて憔悴した経験があります。
渓雲小鎮の外観。もともとは自動車の修理・アフターサービス店舗(いわゆる4S店)だったところを改築したそうです。たしかにBaidu地図上では自動車販売店でした。
近くには小川がながれ、山があり、なんとも風光明媚ところでした。貴州大学もすぐ近くにありました。
コワーキングスペースの様子。写真の部分はオープンスペースで、このほかに個室がありました。この時点で「なんだか見おぼえがるなぁ」というデザインです。
そして深圳に「あるある!」なデザイン。これは深圳のSimplyworkなどで見たような覚えがあるデザインです。北京や上海などでもよくあると思います。
沸騰創投の説明。まさに深圳大学のすぐとなり、深圳湾ソフトウェア産業基地から貴州貴陽にまで進出しているという面白い事例でした。



参考資料:
http://www.ceh.com.cn/fgwxx/2017/09/1040938.shtml
http://news.hexun.com/2016-03-09/182660227.html
http://www.sohu.com/a/143964867_115035
http://www.gzgov.gov.cn/xxgk/jdhy/zcjd_8115/201802/t20180223_1098829.html
「深圳在外研究メモ No.49 「ビッグデータ」産業の振興にかける貴州貴陽を訪問編~最貧地域からもユニコーン企業が登場、そして沿海のイノベーションエコシステムが内陸へと浸透を開始」への1件のフィードバック
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