2018年1月14日、広州市のグランドハイアットホテルで開催されたTEDx珠江新城に高須正和さん(ニコ技深圳観察会/スイッチサイエンス)と一緒に参加しました。
テーマは「湾区製造 City Future City Now」。英語に直訳するとMade in Bay Areaになるはずです。広東省の中核地域はこれまで珠江デルタと呼ばれてきましたが、昨年来、「大湾区」という構想が胎動しています。サンフランシスコ・ベイエリア、東京ベイエリアに匹敵する経済都市、とくにイノベーション活動を内包する都市圏をつくる構想で、中央政府も同構想を認可しています。中山大学の友人から何年か前から「東京ベイエリアについて教えてほしい」という話があったので、数年前から構想があった計画のはずです。TEDxもこの政策的トレンドにそったテーマ設定をしているように見せていますが、中身は相当オリジナルな話ばかりでした。
自分はTEDx初参加だったのですが、高須さんは「エンターテイメントとしてのTED」という記事も過去に書いているくらいTEDに詳しかったので、色々教えてもらいながら参加しました。
ポスターの中でも圧倒的な存在感を放つ「中国山寨王(中国コピー王)」のロビン。
1.会場の外にも展示~Mobike, NIO, スマートゴルフ練習場…
TEDxのイベントに参加するのは初めてだったので、比較できないのですが、まず会場の外の展示もキャラが濃かったです。Mobikeが、これまた城中村の駐車ステーションプロジェクトを、そしてEVベンチャーのNIOが実車をホテル1階に展示していました。あとはいつつぶれるかわからないけど、クラブにしか見えないスマートゴルフ練習場とかもありました。
2.登壇者の話も面白かった、特にシャンザイ王とメイソウ
登壇者と話の概略は次の通りでした。
1)何凤婷(刺繍職人。広東語でプレゼン)
広州の「戏服」という京劇(正確には広東では粤剧という)用の刺繍衣装を、1990年代生まれの登壇者が作り、それをさらに若者に広めていったという話。アニメフェスにいって、普通のコスプレをしている若者から「え~この刺繍すごーい」と言われたというあたりの話が面白かったです。1000人に見てもらったら、ひとりくらい本当に興味を持ってくれて、伝統的刺繍を学んでくれるようになったとのこと。
2)梁玉成(広州アフリカ村研究者、中山大学)
広州にあるアフリカ人集住地区(小北)の研究者である梁先生。データから、白人に対して寛容なひとは、黒人に対しても寛容なこと、そして経済発展にともなって海外から移民が来るようになることを提示。そのうえで、「我々は先進国になったにも関わらず、途上国のメンタリティのままだ。ビッグベイエリアがニューヨークのような活力のある地域になるためには、移民を受け入れるようにならねばならない」、と強い言葉で訴えていたのが印象的でした。
実証研究を引用して、一人当たりGDPが2万ドルを超えると、地域から出ていく人よりも、中に入ってくる移民が増えることを紹介。広州はすでにこの段階を超えている、と指摘して、聴衆に移民がくるのは不可避だと提示。
結論的なスライド、「先進国の特性と途上国の国民メンタリティを調整するのが急務」。
3)冯志东(駐車場・シェアリングサービス)
中国ではシェアリングビジネスが盛んだが、シェアサイクルも新たな自転車を大量に撒き、同時に大量の浪費ももたらしていると指摘。「本物のシェアリングサービスは既存のストック資産を有効活用することになる」、貴重な資産であるにもかかわらず十分にマッチングされていない駐車場のシェアリングプラットフォームを開発し、運用した実績を話していました。大きなビルの運営会社は、収入の増加になりえるので、データを示せば徐々に説得ができたそうです。
特に面白かったのは、サービスを展開する上で、駐車場の入り口にいる「保安大哥」、ようするに保安員が、パーキングしたい自動車からリベートをもらえなくなるために抵抗した、という話でした。どう解消したかというと、自動車をこのサービスに誘導したら、QRコードで把握して、1台を誘導する度に5元をボーナスとして提供するというもの。ある保安員は一か月に8000元を稼いだそう。
4)吴烨彬(シャンザイ王。Meegoo PadのCTO)
シャンザイ王(コピー製品王)・ロビンの登場。すでに前にこのメモで書いたことに近い内容でしたが、「シャンザイ王って呼ばれ、正直、嫌だなと思う気持ちがあった。最初は海外のメディアにいわれたんだ。でも彼らが見つけた、アイパッドのシャンジャイ(コピー製品)は、ぶっちゃけ自分が作ってきたジャンザイ製品のうちの一つに過ぎないんだよ。シャンザイは一つのスピリットだ。草の根で奮闘するということを示していて、日本だって、韓国だって、コピーして発展してきた。発展するためには必要な段階なのだ。でも単純な製造で食っていける時代は終わった。エンジニアをUberのようにマッチングするようなことも始めたし、それから海外のメイカーをサポートすることも始めている。アフリカにも行って、製造をし始めている。一帯一路という「対外投資ボーナス」があるこのタイミングで、外にでて、民族産業を発展させなければならない」という、ならではのストーリーを話していました。
当然、会場も一番の盛り上がりになって、プレゼンが終わったときには歓声があがっていました。
ロビンと高須さんとの写真。Ideas worth spreadingで#中国山寨王#って、もうパワーワード過ぎて何も言えません。
5)成金兰(名創優品、ブランディングマネージャー)
これがまた濃かったです。メイソウ、知る人はすでに知っている、なんというかユニクロのような店舗デザインなんだけど、ポップな日用品を開発製造している名創のブランディングマネージャーによるトーク。ロケットニュース曰く「名前がダイソーのもじりに見え、ロゴはユニクロのよう、品揃えは無印良品を彷彿」。
プレゼンによると、すでに全世界60か国に展開し、今では売上は120億元に達しているそう…。その背景には、当然成功の要因がある。彼女が最も強調したのは、研究開発部隊が300人いて、デザインとしては「日本式+北欧式」の融合、そして製造の面では中国のサプライチェーンをダイレクトにコントロールすることでコストダウンする、と言う話でした。
設計理念は「日本式美学+北欧風」。「シンプルで、自然で、生活の本質に帰る」設計とのこと。
うまく取れていないのですが、日本設計チーム、韓国設計チーム、北欧設計チーム、そして中国設計チームの合計300人で、1億元(17億円)を投入して設計開発しているそうです。
曰く、「80%の企業は販売ルートのことを考えている。でも成功の要因は製品の開発にある。広告費なんて基本的にゼロだ。製品が良くて、有名なショッピングモールに入っていれば、自然に人の目に触れるし、消費者は良いものは良いものだとわかる」。
スライド。60か国に進出、グローバル2600店舗、毎月80-100店舗増、2017年の売り上げ120億元(2040億円)。あとで話しかけて聞いたら、グローバルで従業員数が店舗こみで3万人、本社に3000人いるとのこと。このあたりのデータ、とくに売り上げはさすがに盛っているような気もするのですが、公式HPにも同等のデータが掲載されていますね。どうなんでしょうか…。
設計開発にずいぶん時間をかけて作り上げたと紹介されていた水ボトル。これは買って飲んでみたい。
コストカットの事例を紹介したスライド。それほど特別なことを言っているわけではなく、買い付け量を確保することで買い付け価格を抑え、そして中間ディーラーをカットする。他社では29元のものが、10元で提供できる。
(ちょうどメイソウのモバイルバッテリーを持っていたので、登壇者の成ブランディングマネージャーに声をかけて連絡先を交換しました)
6)黄伟聪(新材料開発者)
すいません、たぶんすごい話だったと思うのですが、寝てしまいました。
7)林远(LED関連材料の開発者およびサプライチェーンマネージャー)
LEDのバリューチェーンの改善の話。
8)王存川(外科医、肥満対策の手術を中国で一番実施)
中国の肥満患者向けの外科医によるトーク。もちろん面白かった。
9)黄盛华(広州・富力サッカーチーム 、副総裁。広東語。)
広州の有力サッカーチーム、富力の幹部。いかに人材を中で育てているか、そしてファンとのコミュニケーションを大事にしているか、を語っていました。足が不自由な子供ファンのためにバリアフリーの設備を導入した話はとてもいい話でした。
3.個性的で、なおかつグローカルなストーリー
正直、シャンザイ王やメイソウのブランドマネージャーのプレゼンが聞けるイベントはなかなか無いので、興奮しながら一日過ごしました。この大湾区には、それこそイノベーションならTENCENTでもHUAWEIでもいくらでも有名企業があるなかで、「あえてシャンザイ王とメイソウを選ぶ」キュレーターの嗅覚はなかなかチャレンジングだと思います。メイソウもユニクロやダイソーのシャンザイだと呼ばれてきたわけで、「シャンザイ王ロビン→メイソウ・ブランディングマネージャー」という流れは強烈でした。
しかしこういった企業家がいることは事実だし、また大湾区から生まれて来た草の根のビジネスの姿を伝えています。また、メイソウの製品はモバイルバッテリーですら、品質が信頼でき、なりふり構わない量的な成長だけではない、品質管理や設計開発の面での脱皮が内在していることは否定できないと思います。そしてシャンザイ王ロビンは製品を輸出するだけでなく、エチオピアに工場を建て、メイソウは60か国に進出。「大湾区」という地域から国外に打って出ているわけです。
たしかに、この地域でよく開催される展示会やベンチャーイベントでは、「有力企業のプレゼン」を聞くことはできるのですが、基本的にはそれは企業の宣伝です。それに対してシャンザイ王ロビンのプレゼンタイトルが、「中国はシャンザイから何を学んだか」だったことに現れているように、より広い論点に言及していたのが、個性的でした。
話者の選択も、バラエティに富んでいて、大湾区で起きつつあるちょっといい話をざっと聞けたので、行く価値があったイベントだったと思います。TEDというと、かっこいいプレゼンをする場所というイメージが先行していたのですが、実際に参加してみるとまた新たな発見があるものです。東京大学でもTEDxをやっているので、次回はぜひ見に行ってみようと思います。
「深圳在外研究メモ No.46 TEDx珠江新城で大湾区(ビッグベイ)の個性的なストーリーを聞いた編 ~シャンザイ王、名創優品(メイソー)、広州富力…」への1件のフィードバック
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