チームラボの高須さんが企画している「ニコ技深圳観察会」。私も深圳に到着して間もない時期でしたが、フルで参加させていただきました。4月4-6日の三日間はフルに朝8時15分から夜9時くらいまで活動で、前後1日は任意での関連スポットを訪問という日程でした。
前回の観察会には、前日までの活動に参加できたのですが、むしろ本日程には参加できずとても残念でしたが、今回はフルに参加できました。他の回に参加していないので比較できないのですが、ともかく日程をフルに活用し、訪問先も、そして参加者も濃いメンバーだったので、ものすごいシナジーが生まれていました。
内容に先立って、深圳観察会の基本情報というか、ルールをおさらいしておきます。
1)現地集合、現地解散、自腹、自己責任、ツアー自体は非営利。(飛行機、ホテルはすべて自分で予約)
2)朝、深圳市の指定された時間に指定されたところに来るとバスが待っていて、ツアー開始。夜解散。(なので自力である場所に来る必要があり、また夜は自力でホテルに帰る。このため、後述する現地交通手段やネットワークへのアクセスが必要になる。)
3)企画者である高須さんが訪問先を選択し、突然の変更はやむを得ないと受け入れる
4)訪問先は基本は英語でのプレゼンや説明を聞くことになる(一部日本語も)
過去のツアーから見えてきていることや、その前提となる知識については高須さんのブログのエントリー「深圳で起こっていること、メイカー、スタートアップ、HAXなど」が参考になります。たとえば、「「つくりたいものをつくることが、多くのユーザを巻き込んだコミュニティに支持されることにより、イノベーションにつながる」一連の流れを指してメイカームーブメントと呼ばれる」といった説明、「正解のある問題と、ない問題」といった整理は秀逸です。
もう一つ前提として、自己紹介しておくと、自分は以下で説明するような「チャイナスペシャリスト」の末席にいる人間で、大学の経済学部をでて、大学院時代に2年くらい中国に留学して、中国語を使って、中国経済を調査研究をしてきた人間です。(自己紹介のページに書いたものへのリンクを張っています)
以下、このエントリーでは総論的な感想を書きます。個別企業の話などは今回はしません。
このエントリーの主旨をあらかじめ書いておくと、「非チャイナスペシャリストに発見されるくらいTechでStartupでMakerな街が中国に生まれていて、だからこそ大事で面白い。でもそこは平均的中国ではない」ということです。
1.中国情報はチャイナスペシャリストだけのものではなくなった
中国情報は中国研究者だけのものではなった、と思います。深圳は特にそうです。
これまで中国情報を欲する人はそもそも限られていました。経済ついていえば、比較的狭いコミュニティのなかで情報が生産、流通してきたと思います。この背景には、そもそも中国の経済規模が小さかったことが大きかったことがあります。1990年代以降に日本企業の中国進出が始まり、2000年代にはさらにそれが加速しましたが、そこで欲されてきた情報とは、日本企業、とくに大手メーカーの経営環境、戦略決定に影響を与えうるような情報でした。
結果、中国情報を供給する側は「中国屋」というような感じになり、また中国情報を需要する側も、きわめて狭いというか、製造業あるいは商社・金融業界の、しかも中国担当者というような状況がしばらくつづいたことになります。中国で調査する側は、基本的には中国語ができるか、またはプロ/セミプロの通訳者を雇って調査をするわけです。アポイントを中国語ができない方がとるのは難しいので、現地のどなたかの紹介で見て回るということがまず第一段階として必須でした。中国語でのインタビューが前提となる場合、通訳を入れると、時間がとてもかかるので、「中国語ができる≒中国で調査できる」、換言すれば「中国屋さん(チャイナスペシャリスト)でないと中国で調査できない」という状況が生まれていました。あるいは日本語を使って、日系企業を調査することはできましたが、このアプローチの場合、日系企業のみを調査することによる限界に直面せざるを得ません。
しかしニコ技深圳観察会の、企画者である高須さんはチャイナスぺシャリストではありません。高須さんは中国のレストランで自力で中国語で注文し、支払いを済ませられる程度には中国語ができますが、おそらくまだプレゼンはできませんし、「弊社は2015年に創業し、2年間の間に急成長したカメラメーカーです」といった中国語は理解できないと思います。ところが、ここで重要なことは、高須さんは中国語はできないですが、それでも、深圳のメイカーズ、スタートアップコミュニティに、少なくとも日本人としては最も、そしてグローバルにみてもかなりディープにコミットし、また深く理解していることです。とても興味深い訪問先のアポをとり、移動のバスを手配し、行先が間違っていれば指摘し、誰もが中国の制限されたインターネット環境でも困らないようなサポートをしています。
なぜこのようなことが可能なのでしょうか?
答えは①「彼ら(メイカーやスタートアップ)」と価値観や世界観を共有または理解しつつ、②テクノロジーとコミュニティを活用していることにあると思います。①についてはここでは触れないことにして、まず②のテクノロジーとコミュニティを見てみましょう。
高須さんはツアーを実施するにあたって、アポどりではほぼ中国のメッセージアプリWechatを使って、主に英語で先方と連絡をとり、地図アプリ(高徳や百度)で行先を確認し、シェアし、バスの移動時もアプリで確認して行先が間違っていないかを確認しています。いつ頃このようなアプローチが可能になったのか、正確にはわかりませんが、おそらく10年前に私が北京に留学していた時には難しかったと思います。まずメッセージアプリがQQというPC端末向けのものくらいで、基本は電話かメールでした。ですから、直前にアポをとったり調整をするためには電話で中国語を使って交渉することが求められました。また、インタビュー先の企業の創業者も、英語ができる人はごく限られていました。しかし、いまでは最低限の英語ができれば、メッセージアプリを活用して中国に限らず、世界でも色々な人にアプローチできるようになったと言えるでしょう。
さらに高須さんは、こういった知見を、コミュニティのなかで共有しながら、学びながら拡張させていっています。おそらく深圳のテック企業やスタートアップ企業関連で、日本でもっともジェネラルで活発なコミュニケーションが繰り広げられているのは Facebookの「ニコ技シンセン深圳観察会」だと思います(ディープな議論をしているのはさらにその先のWechatグループです)。この手のテーマに興味がある方はすぐにFBのグループに入ることをお勧めします。コミュニティで情報交換をしてわいわい議論し、収集し、選別し、プロジェクトを立ち上げていく風景はエネルギッシュです。この背景にはオープンソースコミュニティへの深い情熱があるようです。
ともかく結果として、このコミュニティをベースとして、「地球の歩き方」を超えるような、面白い情報が収集され、まとめられました。「深圳観察会参加者/深圳来る人向けメモ」にだいたいまとまっているのですが、たとえば以下のような内容です。
a) 各自、深圳の交通手段のかなめとなった地下鉄に乗る「深圳通」を買わねばならない。
b) Wechatの登録は必須で、さらにWechat Payのアクティベーションも推奨される。中国の銀行口座がない人がどうすればアクティベーションできるか?
c) そもそも中国でSIMカードを買うとFacebookやGmailにアクセスできないので、不便。ではどうすればこれらのサイトにアクセスできるSIMカードを購入できるか?
たぶん多くの方は「お前らなぜそこまでして深圳に行きたいの!?」と思うでしょう(このあたりは、参加者のブログをご覧いただければなんとなく伝わるのかもしれません)。いずれにしても、過去5~10年に進歩し、普及したテクノロジーを活用すれば、「いまこのバスは、東莞の方に向かっており、行きたい南山区の方向じゃないぞ」というディープかつリアルタイムな情報が、「非チャイナスペシャリスト」にわかるわけです。これは画期的なことです。10年前だったら、紙の地図を片手に、運転手とコミュニケーションをとりながら、看板に目を凝らす必要があったでしょう。いまは、アプリを見れば、10秒でわかります。たとえ中国語ができなくても。
多少一般化すれば、テクノロジーとコミュニティを使うことで、「海外で調査したり人に会ったりすること」の障壁がかなり下がってきたということです。もちろん場所にもよります。
2.「中の人」だけがコミュニケーションをできる
では技術的に会いに行くことができるようになったとき、さらに深く理解するためには何が必要になるでしょうか。ツアーで感じたのは、「深圳の新しい側面」を理解するうえでは、①英語でかなりの程度行ける、ということと、②何よりも価値観や用語を共有する「中の人」になることが重要だということです。
2-1)共通言語としての英語
今回のツアーで訪問した場所・アポイントの件数は、ざっとスケジュールを確認すると、1日目4か所、2日目4か所、3日目4か所、以上合計12か所でした。このうち、日本語で対応していただいたのは、藤岡さんが経営するEMSであるJENESISと、TencentのVR部隊の方の2件、あとの10件は英語です(1件市場見学があったのですが清明節休暇で中に入れなかったので、カウントせず、Maker Faire XianのKevinとの会食はカウントしました)。あとハードウェアアクセラレータのHAXもベンジャミンさんが前半は日本語、後半は英語という感じでした。英語ができるところだけを選んだのではないか、というツッコミはありえるのですが、ともかくほぼ全編英語だったわけです。
中国語はできるととても楽しいですし、大事ですが、正直、中国企業で面白いことやグローバルなことをやろうとしている企業はだいたい英語ができるひとがいるのも事実です。ディープなところにいったら確かに微妙なところはあります。I padを世界最速でコピーしIntelのチップをつかって模倣したゲリラ産業の王様(山寨王)とも呼ばれる方がいるのですが、おそらく彼にインタビューするのには中国語できる人がいたほうが良いと思います。ですが、例えばDJI、HUAWEIのような会社は無論英語人材(あるいは日本語人材)がいますし、野心的なスタートアップ企業に英語ができる人がいないというのはあり得ない話です。ラスベガスの展示会CESに出展する中国企業が増えているそうで、全体の三分の一くらいをしめるそうですが、当然ながら彼らは英語をできるわけです。よほどドメスティックな事業展開しかやっていないところを選ばない限り、テック業界で中国語でのインタビューは必須ではありません。もちろん、中国語ができたほうが、ちょっとしたニュアンスなどはよりリッチに現れると思いますが、それほど差はないと思います。
要するに、深圳の、あるいは現代のテック業界知りたいなら、英語でいいじゃん、ということです。(そのうち英語すらもテクノロジーの進展で不要になるかもしれません)
2-2)共通言語としてのテクノロジーと情熱
ツアーを通して、ツールとしての英語があっても、正直、深く深圳、スタートアップ、メイカーのやっていることを理解することはそれだけでは不十分だということもよくわかりました。例えば、TencentのVR担当者がでてきたときに、コミュニケーションをするときに、「僕、人民大学に留学していたので中国語できます」というのは無意味で、「Oculus Japanを立ち上げてFacebookにもいました。初音ミクと握手できるVRコンテンツつくりました。日本のVRコミュニティも広げてきました」というほうがずっとずっと有効なわけです。いや、それのみが有効なのかもしれません。ちなみに前者が私で、後者はVR開発者として著名で、ツアーに参加していたGOROmanさんです(インタビュー記事「濃すぎる経歴のVRエバンジェリストがOculus VR社を退社! GOROman氏が初音ミクと歩き出すVRの未来とは?」)。TencentのVR担当者なんて、私が一人で行っても、普通は会ってもくれないような方でしょう。あるいはメイカースペースでも同様でしょう、「ラズペリーパイで画像認識を活用して、こんなプロトタイプを作りました」という話が盛り上がるわけです。ここでもコミュニティとして取り組むことの意味がでてきます。
3.非チャイナスペシャリストから発見された深圳の新側面、そしてだからこそ大事
極めて大事なことは、中国のなかに、「非チャナイナスペシャリスト」から見ても、「すごく面白い」場所が生まれてきたことです。中国屋さんにとって中国が面白いのはあたりまえなのですが、中国なんて正直あんまり興味のない方から見ても、深圳が面白い、ツアーに自腹で参加したいと思うかたが20人くらいいたわけです。
深圳は中国の一都市ですが、理解するためにはむしろテクノロジーやグローバルなスタートアップベンチャーの生成にかかわる知識が求められる、と言えるでしょう。個人的な経験から極論を言えば、深圳の新しい側面を理解する上では、中国語のピンインを知っていることよりも、Arduinoをいじり、KickstarterでプロジェクトをBackした経験のほうが役に立つような気がします。なぜなら、深圳の新しい側面は、Chinaであるよりも、よりTechでありStartupだからです。このように、Chinaという文脈に落とさなくても、十分重要だ、という地域がでてきたことは、ひっくり返してみると中国にとって意味があることだと考えます。
このあたりはたぶんもっと的確な言い方があると思うのですがうまくいえません…。GOROmanさんのブログに、「中の人になる方法」というのがあって、とても面白いです。深圳を理解する上では、おそらく中国語できて関連の本を読んで統計データを見てどうこう、ということも大事ですが、それよりも深圳のスタートアップ企業に可能な限りで関わった人のほうが深く理解できるだろう、ということを今回感じました。深圳はテクノロジー、スタートアップ、ハードウェア、新興産業の街です。深圳をのぞくとき、深圳もまたこちらをのぞいている、「あなたは何を持っていますか?持っている限りにおいてのみ理解できます」と。
一つの事例から、もう少しだけ考えてみましょう。今回訪問したHAXというハードウェアのアクセラレーターがやろうとしていることは、「あなたたちは製品プロトタイプのR&Dを担い、ここ深圳でプロトタイプを作りこんで量産化しましょう。そしてまずアメリカで売りましょう。我々はサプライヤーの紹介や、技術的な難関へのアドバイス、広告宣伝のノウハウも提供します。そのかわりに、株式を少しください」というビジネスモデルです。世界から応募が来て、プロジェクトを厳選しています。HAXの本社は米国プリンストンにあるベンチャーキャピタル(SOSV)で、お金の流れも、多くの場合には海外から海外のプロジェクトへの資金提供です。カナダから応募してきたケースの場合、プリンストンからカナダにお金が動き、そこの資金をもとに応募チームは深圳に来てプロジェクトを進めます。(ここでも応募者の多くは中国語もできないらしいのですが、それでもなんとかなってしまうらしい…)
HAXでのベンジャミンさんのプレゼン。HAXにとっての深圳とは先進国市場向けのプロトタイピング・生産という位置づけ。
ここで、中国経済を研究している身の自分としては、訪問した夜、次のような疑問を持ちました。「HAXがやっていることは、いったいどこまで「中国経済」なのだろうか…?いる人も外人ばかりだし、投資資金の動きとしても、大きな動きは中国の外で完結していて、深圳は単なる製品化のプロセスを担うにとどまっているのだろうか…?」。しかしこのような疑問は、個人的には大事だと思っていますが、同時に、グローバルなニューエコノミーというか、トレンドのなかに深圳を位置づけるような視点も重要だと考えるようになりました。あまりうまく言えないのですが、より重要なことは、中国深圳が、少なくともハードウェアのスタートアップにとっては、グローバルに重要になっていることでしょう。深圳を「中国経済」の中に位置づけるだけでは不十分です。論理は異なりますが、Huawei、DJI、Tencentといった企業を中国という国境のなかにとどめて議論できないのも明らかです。仮に、深圳を中国経済に位置づけようとするときには、例えば、グローバルなイノベーションの循環のなかに食い込む地域がでてきた、というような視点があり得るかもしれません。
今回のツアーで訪した企業は個性もあふれており、簡単に一つの示唆をまとめるのは難しいというのが正直なところです。ここからありえる示唆は、「なぜこんなに個性的な企業が、ここにいっぱいあるのだろうか?」というものです。Ashcloudは工場内の業務管理を統括するアプリケーションを開発し、従業員はIphoneかIpadで出勤情報、休暇申請、生産ライン情報、財務情報などを確認・処理していました。生産されている製品はスマートフォンのケースで、決して難度の高いものではない(さらにパーツの量産過程は外注でした)のですが、その管理システムのIoT化と生産ラインで実際にやっていることの原始的な作業が並存していることがユニークでした。また、世界のDIYメイカーに向けて、オープンソースハードウェアやプロトタイピングを代行しているSeeedの工場では、部屋の名前、棚、そして壁の絵までがDIYで徹底されていました。おしゃれな工場というのは、鯖江で見た金子眼鏡の工場が印象的だったのですが、DIY感あふれる工場というのは初めてでした。両社はまったくベクトルが違うのですが、いわゆる「中国の工場」像を完全に逸脱しています。珠江デルタという、中国の輸出型製造業の中心地に、これまでと全く異なるコンセプトの工場が生まれてきたことの意味を考えねばなりません。無論、中国の賃金上昇や、また世界で広がったメイカーズムーブメントなどが背景として考えられますが、こうした動きが、例えば中国経済にとって何を意味するのか、あまり意味ないかもしれませんが、それでもじっくり考えたいと思います。
最後に述べておきたいのは、このツアーで見えてきている深圳の新側面というのは、一面では中国全土で広がりつつあること(例えば電子決済の広がり)でありながらも、かなりの程度、深圳でとくに顕著にみられるような局地的現象という側面もあるという点です。深圳は平均的な中国の都市では全くありません。外れ値としての側面も持っているわけです。だからこそ意味があるのですが、深圳から平均を推定しようとするようなことは、かなり危ないということも明記しておきたいと思います。
以上をまとめると、「非チャイナスペシャリストに発見されるくらいTechでStartupでMakerな街が中国に生まれていて、だからこそ大事で面白い。でもそこは平均的中国ではない」ということです。
他の参加者の様子はtogetter「ニコ技深圳観察会第7回 2017Apr4-6」に膨大な数のツイートがまとまっているので、ご覧いただければと思います。これからガンガン感想が上がると思います。読むのが楽しみ…!
ひとまず今回はここまで。次回は特に印象に残った訪問先について書きたいと思います。
ここは中国経済の一部ではなく、グローバル経済の一部なのだという伊藤さんの解説が、後になってよく理解できました。私は中国の産業を知らないまま、いきなりディープ深圳に片足の先っぽを突っ込んだわけですが、HAXやAsh Cloud をはじめ外国人プレーヤーが深圳エコシステムの重要な構成要素になっている事実に感銘を受けました。
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コメントありがとうございます、ご一緒できて大変勉強になりました。外国人自体はむかしからこの地に来ていたわけですが、グローバルにみて、ただの加工工場の選択肢の一つに過ぎませんでした。それが現時点では、ハードウェア開発製造の世界的拠点となるまで、サプライチェーンの蓄積(現地の部材の選択肢、その背後にいる工業デザイナー、エンジニア、金型工など)が進み、そのエコシステムを外国系のメイカースペースやアクセラレーターが活用する、というように構造転換していると思います。
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