2017年1月17日、習近平ダボス演説。グローバル化を擁護し、「一帯一路」に言及。「一帯一路」は何を意味することになるのか?

2013年から中国政府が提唱する構想として、「一帯一路」というものがあります。中国から欧州までを陸路と海路でつなぐ線を軸として、新たな経済開発を進めていこうとする構想です。この構想については「中国「一帯一路」の構想と実態」というエッセイを2015年に書いたことがあるのですが、当時の情報から得られたことは、AIIBやシルクロードファンドを軸としてユーラシア大陸を中心にインフラ建設を進め、これにより中国企業の対外進出を進め、当該国の経済発展も促進しようとする構想だろう、ということでした。

中国を含めて、一部の論者は、この構想がオバマ政権による「アジアへの回帰」路線、より具体的にはTPPへの対応策として打ち出されたということを指摘していました。ただ、2015年から2016年の半ばまでの動きとしては、中国国内での様々な建設プロジェクトに火をつけたほか、国外では工業団地の建設やインフラなど、ハードな面での建設が目立ってきたように感じていました。日本国内では、江原規由氏が中国のFTA戦略の文章に「一帯一路」が位置づけられている点に注目していましたが、個人的にはそのような可能性はありながらも、TPPの存在を考えると実効性は低いと考えていました。

しかし昨年、2016年の後半以降、反グローバリゼーションの動きが世界的に顕在化してきたことで、にわかに、「一帯一路」がインフラ建設とは別の意味を持ちうる可能性がでてきたようです。

一昨日、スイスのダボス会議での習近平演説は、45分にも及ぶものでした。タイミングとしても1月20日の米国トランプ大統領の就任を直前に、米国にその気がないならば、中国がグローバル化を推進しようという明らかなメッセージがあったようです。中国語のフルペーパーはすでに昨日の段階で中国外交部HPに掲載されています(追記:英文フルペーパーはダボス会議HPに掲載あり)。すでにこの内容の一部は日本のメディアでも取り上げられていますが、いくつかの重要なメッセージや、面白い表現がでてきています。

メッセージの中核は、グローバリゼーションの擁護です。演説のなかで、中国が2001年にWTOに加盟して以降、困難を経て国際経済への融合をようやく実現したことを、水泳に例えて、「(中国は国際経済への融合を)泳ぎながら水泳を覚えた。これは正しい決断だった」と表現しています。反グローバリゼーションが台頭するタイミングだからこそ、引き立つメッセージと言えるでしょう。

興味深いのは、冒頭でグローバリゼーションを擁護し、後半では中国経済の現状について述べたうえで、アジア太平洋、そしてグローバルな自由貿易ネットワークの構築を進めると述べ、その文脈で「一帯一路」に言及していることです。その箇所を下記にそのまま引用しておきましょう。

——中国将大力建设共同发展的对外开放格局,推进亚太自由贸易区建设和区域全面经济伙伴关系协定谈判,构建面向全球的自由贸易区网络。中国一贯主张建设开放透明、互利共赢的区域自由贸易安排,而不是搞排他性、碎片化的小圈子。中国无意通过人民币贬值提升贸易竞争力,更不会主动打货币战。

(仮訳: 中国は、共同に発展できる対外開放構造を建設し、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の建設と地域包括的経済連携協定(RCEP)交渉を推進し、全世界に向けた自由貿易ネットワークを構築します。中国は一貫してオープンで透明性があり、相互に利益でウィンウィンの地域自由貿易協定の建設を提唱しており、排他的、断片化された小グループを作るのではありません。中国は人民元の切り下げによって貿易競争力を強化する意図はなく、通貨安競争を自ら始めることはさらにあり得ません。)

3年多前,我提出了“一带一路”倡议。3年多来,已经有100多个国家和国际组织积极响应支持,40多个国家和国际组织同中国签署合作协议,“一带一路”的“朋友圈”正在不断扩大。中国企业对沿线国家投资达到500多亿美元,一系列重大项目落地开花,带动了各国经济发展,创造了大量就业机会。可以说,“一带一路”倡议来自中国,但成效惠及世界。

(仮訳: 3年前、私は「一帯一路」構想を提案しました。3年あまりが経過し、100以上の国と国際機関から積極的な支持を得ることができ、40以上の国や国際機関と中国は協力協定を結んでおり、「一帯一路」の「友達の輪」は絶えず拡大しています。中国企業はこれらの「沿線」国に対して、500億ドルの投資を行い、一連の重要なプロジェクトも動き始め、各国の経済発展をけん引し、多くの雇用機会を作り出しています。「一帯一路」は中国から提唱されたものではありますが、世界に恩恵を与えていると言えるでしょう。)

今年5月,中国将在北京主办“一带一路”国际合作高峰论坛,共商合作大计,共建合作平台,共享合作成果,为解决当前世界和区域经济面临的问题寻找方案,为实现联动式发展注入新能量,让“一带一路”建设更好造福各国人民。

(仮訳: 今年5月に、中国は北京で「一帯一路」の国際協力ハイレベルフォーラムを主催します。共同で協力の大計を議論し、共同で協力プラットフォームを作り、共に協力成果を享受し、目下世界と地域経済が直面している問題を解決する方策を探しましょう。そして連動した発展を実現するための新たなエネルギーを注入し、「一帯一路」建設がより各国人民の幸福を造りだすようにしましょう。)

「一帯一路」構想については、現時点での40の国、そして国家機関と「協力協定」を結んでいると言及されていますが、既存公開資料を基にすると、これにはカザフスタン、トルクメニスタンをはじめとする中央アジア諸国、ロシア、ASEAN、UNDPなどが含まれていると考えられます。すべての文章が読めているわけではありませんが、私が見たところでは、それらの文章には、「自由貿易協定につなげる」というようなことまでが直接的に書かれているわけではありません。

しかし、上記演説の最後に触れられているように、5月の北京の会議、そのタイミングで「一帯一路」を起点とした経済・貿易協定が模索または提唱されるということは、どうもあり得そうです。フィリピンのドゥテルテ大統領はすでに、この会議への参加を表明しており、今後どのような規模の会議になるのか、注目しておきたいところです。すでに社会主義体制の中国がグローバル化を推進するということがありえるのか、というような反応があり、今後もこうした議論がでてきそうです。

「一帯一路」については、様々な理解やとらえ方がありますが、中国が採算を度外視して、対外投資を進めるというような理解をされている方もいます。実際に、Economist誌のリサーチユニットも、特に陸のシルクロード経済ベルトは採算性が低いと指摘していました。しかし米国大統領選の結果、TPPの発効が事実上不可能と見なされ、またグローバル化をけん引する主体が見当たらないという状況下で、「一帯一路」はもしかするとインフラ建設事業を超えて、リージョナル、あるいはセミグローバルな経済協定へと変貌する可能性もあるのかもしません。

「一帯一路」が提起している本質的な問題は、「中国式または中国発のグローバリゼーションにどう対応するか」ということかもしれません。

 

追記:

※1:日本の国内の反応。2017年1月19日の産経新聞の主張欄では「「中国はグローバル経済の受益国」という習氏の指摘は正しいが、「最大の貢献国」と自任するのは疑問」という指摘をしています。これに対して1月20日の日経社説「習演説が映す世界の混迷」では、習近平演説の中身にはそれほど踏み込んでいませんが、「中国は世界経済での影響力を強めているが、経済の自由化や民主化という点では大きな問題を抱える。その指導者にグローバル化の意義を訴える役回りを求めざるをえないほど、世界は混迷の度を深めているとも言えるだろう」としています。読売朝日毎日は1月20日時点ではこの点について特に社説では言及していないようです。

※2:中国メディアによる情報。人民日報日本語版に演説の若干の訳がでています。人民日報日本語版記事によると「安保理が同年(2016年)3月に「一帯一路」イニシアティブの推進を含む第2274号決議を採択した後、初めて「一帯一路」イニシアティブを盛り込んだ決議が、193カ国の一致した賛同を得た」とのこと。外交部のHPにも掲載されていましたが、王毅外相の発言によれば、アフリカがいよいよ一帯一路構想の範囲内に入るようです。ダボス会議会長の発言

※3:TED Talkで中国の政治体制にも昇進競争がある、と擁護したプレゼンテーションをしているEric Liが”Xi Jinping’s guide to the Chinese way of globalisation”という記事をFinancial Timesに寄稿していますね。それによると、習近平演説で言及されたGlobalizationは、いわゆるダボスの参加者が知っているものとは若干違う、制限も行う、より本質的にはグローバリゼーションは経済面に限られているということが指摘されています。

The Davos Men are in such panic that they have turned to Mr Xi to save the day. Will the world’s second-largest economy now take up the banner of globalisation? Maybe. But perhaps not in a way that would advance Davos Man’s narrative. In his address, Mr Xi affirmed China’s commitment to preserve and advance economic globalisation. But he made a few points that might sound unfamiliar to his audience. He said we needed to adapt to and actively manage economic globalisation so as to defuse its negative influence. We must commit to openness, he argued — but openness can be beneficial to all only if it is tolerant of differences. He used the term globalisation several times but almost never without the qualifier “economic”.

※4:「40の国、そして国家機関と協力協定を結んでいる」という点、管見では、2015年5月8日の「中華人民共和国とロシア連邦のシルクロード経済ベルトとユーラシア経済連合の建設の接合協力に関する連合声明」で「中国とユーラシア経済連合の自由貿易区建設を推進するというこの長期目標を研究する」と述べられているほかには、2016年9月2日にカザフスタンとの間に調印された「「シルクロード経済ベルト」建設と「光明の路」新経済政策の接合協力に関する計画」で、「ハイレベルな自由貿易区ネットワークの形成」が言及されています。ただ、そのほかの資料ではこうした言及はまだ目立っておらず、今後はより強調・重視されるかもしれません。

※5:2017年2月3日、「一帯一路」国際協力サミットが5月14-15日に北京で開催され、楊洁篪国務委員が準備の責任者となったと報道。おもに国際協力コンセンサスの形成、重点プロジェクトの推進、長期的ビジョンの策定を主要な課題とするとのこと。