Ted Hungさんが感じた違和感
台湾のFablab TaipeiのTed Hungさんに先週会って、要約すると「大陸中国と台湾ではメイカーカルチャー結構違うんですよ」というお話を聞きました。とくにTedさんが「Maker Faire Shenzhenに行ったけど、退屈で、お金儲けのことばかり考えていて、違和感を感じた」と語っていた点、そして「中国大陸でメイカーを意味する「創客」は、よりスタートアップに近い発想だ」と指摘した点が面白く、それからこの問題について、少しだけ調べてみたので、メモしておきます。
本来一番知りたい問題は、各国のメイカーカルチャーがどれくらいローカルなもので、どれくらいユニバーサルなものなのか、そしてそれぞれの地域でローカルであることがどういった意味を持っているのか、という点です。この問題については、私なんかより、高須正和さんがハッカースペースについてのCodeZineの連載でたくさんの指摘をしていると思います。そこで高須さんは「おまいら」という言葉で、ハッカーたち、あるいはメイカーたちの共通する属性をとらえているのですが、一方でフランスではメイカーたちからより政治的な匂いもしたりして、この「おまいら」はどこまでユニバーサルな「おまいら」なのか、興味が湧くところです。
アンダーソンのMakerをどう訳すか
この点について自分は全然蓄積がないので、ここでは、ごくごく簡単に、メイカーズムーブメントの火付け役となったChris AndersonのMakers: The New Industrial Revolutionのタイトルが、どのように訳されているのか、という点を取り上げてみたいと思います。
日本では、上記のクリス・アンダーソンの書籍は、『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』(2012年、NHK出版)です。タイトルでは、あえて翻訳をしない、そのままアルファベットを記すという選択がされています。そして本文では、”Maker”は基本的に「メイカー」とされていますが、場所によっては次のような書かれ方をしています。
僕らはみんな作り手(メイカーズ)だ。人間は生まれながらのメイカーズで(お絵かきや積み木やレゴや手作りおもちゃに夢中になる子供を見るといい)、もの作りへの愛情は、多くの人々の趣味や情熱の中に生きている。
(邦訳版、p.20)
いま、世界中におよそ1000カ所の「工作(メイカー)スペース」――みんなで共有する工作施設――が存在し、驚くべき速さでその数は増えている。
(邦訳版、p.28)
つまり、”Maker”は、「作り手」、「工作」などといった日本語に翻訳され、それ自体はとても自然なことです。ただ、ここで「メイカー」というカタカナの表現は、いわゆる製造業企業を指す「メーカー」と差別化するために、意図的に「イ」が挿入されていることです。当然ですが、一般的製造業企業としての「メーカー」は、「メイカー」とは全く異なる、というわけです。2006年、日本語版のMake誌の第一号でのデール・ダハティ(Dale Dougherty)の「Make創刊に寄せて」では、カタカナにも訳さず、「Maker」と表記していたので、クリス・アンダーソンの議論が登場するタイミングで「メイカーズ」という表現が定着したのかもしれません。
日本では”Maker”の翻訳をカタカナとし、また「メーカー」と区別することで、誤解やあるいは何らかの解釈を加えることを避けた、と言えそうです。ただ、この場合にも、一般の読者や会話の中では「メーカー」と「メイカー」の区別が曖昧になってしまうという課題も抱えているように思います。本当に「メイカー」でいいのか、という点は考えねばならないような気がします。
台湾と大陸中国の差異
興味深いのは、台湾と大陸中国の間の差です。
台湾、あるいは繁体字圏での、アンダーソンの書籍のタイトルは、『自造者時代:啟動人人製造的第三次工業革命』(2013年5月、天下文化出版社)となっています。「自造者(Zizaozhe)」、自ら造る人、たしかに”Maker”として適切な言葉のように感じます。したがって、”maker space”は、「自造者空間」となります。
一方、大陸中国でのタイトルは『创客:新工业革命』(2012年12月、中信出版社)です。日本語の漢字に直すならば、「創客」、発音はChuangkeです。Eric Panのメイカースペースの名前も、「柴火創客空間」です。では「創客」とはどのような意味でしょうか?まずBaidu 百科の定義を引用しておきましょう。
原文:指不以赢利为目标,把创意转变为现实的人。(中略)在中国,“创客”与“大众创业,万众创新”联系在了一起,特指具有创新理念、自主创业的人。
訳文:利益を目標とせず、創意を現実へと変える人を指す。(中略)中国では、「創客」と「大衆創業、万衆イノベーション」政策はセットになっており、とくにイノベーションの理念を持ち、自ら創業する人を指す
(Baidu百科より)
上記のBaiduでは、とくに創業が強調されていることが一つの特徴でしょう。さらに面白いのは、「創客」の事例として、孔子、スティーブ・ウォズニアック、Adrian Bowyer、クリスアンダーソンが同列に紹介されているのですが、この点にはここではあまり踏み込まないことにします。
一方、Wikipediaにおける「創客」の解説は次の通りです。
原文:创客(Maker,又譯為「自造者」)概念来源于英文Maker和Hacker两词的综合释义,它是指一群酷爱科技、热衷实践的人群,他们以分享技术、交流思想为乐,以创客为主体的社区(Hackerspace)则成了创客文化的载体。
訳文:創客(Maker, または「自造者」)という概念は英文のMakerとHackerの二つの単語の総合的な解釈で、科学技術を熱愛し、実践に熱中する人々を指し、彼らは技術の共有とコミュニケーションをとる思想を喜びとし、創客を主体とするコミュニティー(Hackerspace)が創客文化のゆりかごである。
(Wikipediaより)
「創客」という言葉が創造された
ここで指摘されている興味深い事実は、「創客」が、MakerとHackerが融合した訳文となっているという指摘です。中国語で、Hackerは「黒客(Heike)」なので、やはり「創客」にはHackerに含まれない意味が込められているということになります。文字面からすると、「創客」は、「イノベーションを行う人」または「イノベーションをするハッカー」というようなニュアンスが感じられます。
いずれにしても、”Maker”の大陸中国語への翻訳のプロセスにおいて、新たな概念が作り出されたという点が重要な意味を持っていると感じています。Fablab TaipeiのTed Hungさんと、上海のXinchejianのDavid Liさん(台湾の高雄出身)にもこの点を聞いてみたのですが、やはり、台湾では当初は「自造者」を使っていたが、徐々に「創客」も使うようになったとのことです。台湾や香港で用いられている繁体字のWikipediaでは、「創客」の項目が存在しないという点もこのことを表していると思います。David曰く、そのうち台湾でも「創客」が使われるようになるんじゃないか、とのことです。
大陸中国でも「自造者」が使われていないわけではありません。例えばMaker Faire Shenzhenのトークセッションの名前は、「自造談(Zao Talks)」だったわけです。ただ、Baiduで「自造者」を検索すると3810件、それに対して「創客」では5670万件ヒットするわけです。大陸では「創客」が「自造者」を圧倒しています。Eric Panに一度、なんで「創客」になったのか、一度伺ってみたいです。
Zao TalksでのEric Pan
実は中国大陸では、アンダーソンのMAKERとは異なる概念や文脈で、メイカーズムーブメントが語られているのではないか…、このように感じるわけです。ここから先は、印象論なのですが、Ted Hungさんが感じていたようなDIYに近い概念がやはり「自造者」で、大陸中国における創業やビジネスマインドがより濃く反映された言葉が「創客」なのかもしれません。メイカーズムーブメントはそれぞれの地域のローカルな状況によって、その内容が少しずつ違うようなのですが、同じ中国語圏内で、二つの訳文が存在するという事実は、両地域におけるローカルな文化や雰囲気を反映しているのかもしれません。