台北訪問記(2016年11月), No.1, コンファレンスのメモ:感じられた厳しい両岸関係、未知数の次期大統領

台北で開催されたInternational Conference on Mainland China’s Institutional Changes and Strategic Trends(「中國大陸之制度變遷與戰略動向」國際研討會)にて報告し、あわせて現地で開催されていたスタートアップ展示会のMeet Taipeiを少しだけ見てきたので、2回に分けてメモを残しておきます。

まずはコンファレンスについて。コンファレンスは全体で4つのセッション(政治、軍事、経済、両岸関係)に分かれていて、2人が報告、2人がコメントという形で進みました。

冒頭で、英語ではMinisterと書かれていたのですが、張小月・大陸委員会主任委員が登壇し、20分ほどかけて両岸関係の現状について流ちょうな英語で、そして慎重にスピーチしたのが印象的でした。大臣のスピーチとなるとどこでもこうなるのかもしれませんが、原稿を一字一句間違いなく読むスタイルでした。両岸関係の厳しい現状が、場当たり的な表現を許さないという印象も受けました。コンファレンス開催期間中にも、台湾の民間TV局の番組では、北京を訪問して習近平講話を聞いて拍手をした元国軍将軍に対して、激しい批判が展開されていました。この問題についてはすでに行政院が対応に乗り出しており、多少こうした状況も背景にはあったかもしれませんが、多くのメディアがコンファレンスの冒頭にはきて、その後、このスピーチについての報道もでています。

張小月主任委員のスピーチの概要は、現在、大陸中国側が交流のドアを閉ざしており、条件をつけず、つまり「1992年コンセンサス」を前提とせずに交流を再開するべきだという内容でした。こう書くととても単純な内容なのですが、これを、中国大陸の計画経済期の動乱(Turmoilと表現しました)、そして改革開放政策への転換、時代の転換のなかでの両岸関係の変化、その変化を基礎づけてきた発想、具体的な交流チャンネル、これら論点ごとに時間をかけて話していました。蔡英文政権になってから、政権間の公式の対話メカニズムが停止しているという、厳しい両岸関係を感じさせる幕開けでした。

政治セッションのプレゼンテーションのなかで一番メッセージ性があったのはBoston UniversityのJoseph Fewsmith先生の報告でした。公開文書に基づいて、そこで使われている表現が歴史的にどのくらいの重みがあるのか、という検討を加えていた点は、まさに長いキャリアを積んでこその視点だと感じました。「中国における最高権力の移譲が制度化されたというのは幻想であろう」、といった指摘は、考えさせられるものでした。

経済セッションでは、中華経済研究院の劉孟俊先生と、私が報告者でした。劉先生の報告では製造業を中心に検討が進み、中国企業の生産額、R&D、M&A、FDIといった各種のデータから、中国企業が新たなレベルに発展しつつある、というのが主要なメッセージでした。この点は自分の報告ともかなり認識が重なるところが多かったと感じました。

私の報告は基本的には職場のニュースレター“The Chinese Economy: Upgraded, Expanded, but not Restructured?”に書いた内容をベースにして、細部を拡充して30分ほど話しました。内容を要約すれば、中国産業の高度化は進むし、海外への関係も深まるが、構造改革が最も難しい課題だ、という主張をしました。

第一の高度化(Upgrading)の評価は劉先生のプレゼンの内容と重なる部分が多かったのですが、劉先生はハイアールや美的による先進国企業のM&Aに注目しているのが特徴的でした。私は最近注目しているドローン産業の事例で、製品開発をけん引している新世代の企業家が層として存在している点を特に強調しました。

第二の拡張(Expansion)については、やはり「一帯一路(One Belt, One Road)」計画を中心に若干の検討を加えました。特に中央アジアのカザフスタンにおいて、一帯一路と現地の「Nurly Zhol政策(光の道政策)」が結合しつつあるという点や、現地での中国投資の歓迎論、そして警戒感について言及しました。報告後の雑談で、特に政治学、国際関係の方からすると、このカザフスタンの箇所が最も面白かったそうです。

第三の構造改革(Restructuring)については突っ込んだ議論が一番難しいのですが、過剰生産能力の解消に向けて、現地報道をベースに検討を加えました。特に注目したのは河北省の鉄鋼産業事例で、「老朽化した生産能力の削減」はされているけれども、「新規生産能力の増設」も続いており、結果として過去5年の間に生産量がむしろ増加してきているというデータを報告しました。先日ある中国の先生からは、ガバナンスを強化しようとする国有企業改革の方向性をもっと理解すべきだというコメントをいただいたのですが、この点についてはまだまだ検討が加えられていません。

コメントでは李先生が、国内での地域統合、とくに首都圏、長江圏、といったレベルでの開発計画の存在にもっと注目が必要だと指摘していました。確かに、劉先生と私の報告では登場しなかった点で、メガリージョンと呼ばれるような地域発展は重要な論点になるだろうと思います。振り返ってみると、個人的には時間が許せば、もう少し両岸における経済交流の現状なども伺っておくべきだったなと思います。

今回のコンファレンスで一番言及された人物は、間違いなく中国大陸の習近平主席だったかと思いますが、二番手はひょっとするとトランプ次期米国大統領だったかもしれません。コンファレンス中の雑談や、フロアとの質疑応答でも、たびたび米国のトランプ大統領が何を考え、何をするか、どう対応すべきか、といった議論が展開されました。この意味で、政治や国際関係を扱っている専門家にとっては、非常に時機を得たタイミングでのコンファレンスとなっていたようです。現時点では直接的には何も言えない段階でしょうが、主催者の総括で指摘されたことは、米国がアジア太平洋地域から得る利益は大きく、これは大統領が誰になっても変わらない、あとは次期大統領がこの利益をどのように考え、守るのか、それ次第だ、という点でした。

こうしてコンファレンスを振り返ってみても、全体として経済に関する議論の位置づけは高くなかったと言えそうです。両岸はいま政治の季節に入っているのだと改めて感じます。