「日系企業の中国展開~激変する市場」のメモ(中国経済経営学会, 2016, 11/05), 現場経営が生き残る

 2016115日13:00~16:30、慶應義塾大学で開催された中国経済経営学会の共通論題、「日系企業の中国展開~激変する市場」のメモです。セッションの問題意識は、コスト上昇、地場企業の台頭、為替の元高、これらの環境変化の下で、日系企業がどう経営しているのか、というものです。

 討論者である海上泰生さん(日本政策金融公庫総合研究所)から示された論点は、3つあり、第一に、このような環境下でどういった経営戦略を組めばよいのか、第二に現地での人材の育成をどのように進めればよいのか、そして第三には複数拠点を持つ意味はどこにあり、中国だけでなく、どう統合的に活用していくか、という点を提案していました。また座長の服部健治さん(中央大学)は、外資企業排除というような傾向はないのだろうか、と質問していました。

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以下では、お二人の報告を質疑報告もまとめてメモしておきます。

 

越智博通さん(博通行グループ代表)「百戦錬磨の中国ビジネス」

 ラベル印刷企業を中国で経営しており、主な製品は医薬製品や食品のラベルなどで、大手印刷メーカーが参入しないニッチな業界である。これまで1993年以来、北京、上海、天津にて会社を3つ設立してきた。とくに印刷業を中国で立ち上げるうえでの許認可の問題があったし、そのほかにも当局が監査・検査にきて罰金というようなことがよくあった。

 価格競争の厳しい業界なので、差別化するために、単純なラベルの印刷に加えて、偽物判定可能なラベル、そしてEラベルという形でシステムとセットで販売する仕組みを開発した。このパターンだと、一度受注すると、この印刷製品は別のところに流れない製品となる。また、QRコード、それをスマホで抽選に使うとか、そういったサービスを設計し、特化すべく取り組んでいる。アイデアを提案していくような営業、新しい発想を持って営業をしていくことが必要になってくる。競争相手は中国の民営企業で、彼らと競争していかなければならない。

 人材をどう育成するのかについては、まず中小企業にとっては、人材が来ないという問題がある。従って、社長が引っ張っていく必要がある。当社の場合、副総経理、創立からの中国人パートナーがいて、いまだに一緒にやっている。現状、日本人総経理よりも高い給料を彼に払っている。中小企業は人材育成をするところまで至らないという性質もある

 今後も北京、上海、天津をベースにしているが、やはりここにはニーズ、市場があるからだ。流通が発達しており、北京から翌日に上海には届く仕組みが出来上がっている。

 

中山国慶さん(トランス・コスモス()常務執行役員)「中国事業展開の心得」

 1963年上海に生まれ、文革を経験して、上海交通大学船舶工学科を卒業した。1989年に留学生として名古屋大学へ行き、機械工学で博士課程卒業した。その後メーカーで働き、その後ソフトウェアサービスのトランスコスモス(一部上場)へ転職。ちょうど、中国拠点が赤字で、10億円が5年で溶けるような危機的状況を見て、再建プランを提案し、送り込まれて再建にあたった。行ってみると、無駄なコスト、例えば工場の芝を綺麗する、なんてところにコストをかけていたし、まともに見積もりもできていなかった。こうした面で企業としての仕組みを揃えていった。2004~2007年には累積黒字、自社ビルも建設した。

 ただ現状では、賃金上昇、そして為替レートの変動で厳しい。オフショアアウトソーシングから、ソリューションの提供、そして越境Eコマースプラットフォーム(Yifanshop.com)の構築、既存プラットフォームJDへと展開、これらの取り組みをしていくことが必要だ。ただ、広州でのビル建設の頓挫、またリーマンショック前に契約した為替予約による失敗、上場計画のとん挫など、悔しい思いはある。ともかく生き残っていくことが重要になる。

 経営戦略として最も重要な点は、13億人の市場のなかでも細分化して考えることだ。例えば、取引先として、国有企業、政府企業、民営企業、日系、その他外資企業、などなどいろいろ考えられる。ただ、政府機関向けに我々がサービスを提供しようとしても、自社には競争力はない。人間関係もないし、アンダーテーブルの取引もできない。自社の強みは、日本の文化がわかることで、中国に進出した日系企業へのサービスを提供するのが一番強いということになる。

 ただ、市場も変化する。いまの民間企業、国有企業は、非常にお金をもっている。だから最近は支払いの問題、代金回収の状況も良くなってきているし、ちゃんと社会保険を払っていない企業には発注しないというような変化も生まれている。こうなってくると自社の強みが発揮されてくるということになる。

 この業界では、人材、人がすべてだ。自社が何を目指していて、どのような人材が必要なのか、はっきりと設定して、育てていくというスタイルをとっている。自社の人材育成ハンドブックは200頁あり、選択肢を提示して、ステップアップに必要なスキルを提示している。彼らはこれを見て「自分の成長につながる」と考えて、モチベーションにもなっている。人材流出の問題も指摘されるが、自社は年間離職率10%以下で、中国のシステム会社のなかでは低い。

 自社は、日系100%の外資企業だが、本社からの派遣は1人もいない。私も現地側企業の籍になっており、2030人の現地採用の日本人がいるが、中国人と対等に能力で評価して、能力に応じて評価をしている。だれもが総経理になれる、という環境を作っている。中国人はボスになりたがる。「自分の会社なんだ」と思ってもらうために、経営情報を開示していくことも必要になってくる。

 また、人材の中ではマネージメント層が最も重要で、育成に時間がかかる。実際にこの層の定着率を高めるための取り組みをしている。プログラマーは一般的には替えがきくが、何よりも評価の際には公平性が重要、できない人の給料が高いとモチベーションが一気に下がってしまう。

 天津、ソフトウェア産業はそれほど発展しているわけではないので、現地の1番になれば、人も定着してくれる。これが北京、上海だとそうはいかない。揚子江デルタ、珠江デルタ、北京天津の渤海湾、この3つの地域で中国経済の50%を超えているので、一番重要。蘇州は上海から近いし、そこで会社を作ればそこで1番になれて、また人材の定着率になる。IT産業は投資促進産業に入っているので、補助金がもらえるし、8000平米の土地も確保できた。同時に、23級都市への拠点の拡張を検討し、様々な地域を視察して、最終的に済南を選んだ。人材が豊富で、学生がいて、なおかつコストは天津から30%安く、そしてトラブル解決の際にも天津から新幹線で1時間で行ける範囲だった。車でも行ける。だからこれらの点を総合的に考えて済南を選択した。IT産業は政府の推奨産業で、Eコマースへの参入もこういった方向性の範疇に入っている。

 日本国内のIT市場は2~3%で成長続いているが、日本国内の人材は非常に不足している。 現在、中国は日本向けのオフショアサービスで、非常にノウハウを蓄積している。インドのインフォシスレベルではないが、中国のIT企業のサービスの能力は高まっており、中国のオフショア市場は今後10年くらい拡大するだろう。中国のライバル会社を訪問したことがあり、勉強にもなった。日本のシステムインテグレーターからも学んでいるが、これを個人の頭に残すのではなく、会社の仕組みにして、共有していかなければならない、と考えている。

 中国企業のいいところは、まず仕事をとってから、経験なくても、「経験ある」と言って仕事を取ってくる。これがなければ中国では仕事にならない。自分自身も、プロセスではなく、結果で判断してもらうということで、会長から権限をもらっている。日系企業なのに、中国で経営として自立できているのはなぜか?これは設立当時、誰も触りたくない会社だったし、危機的状況から立ち上げ、またいい社長に恵まれて、全権をくれた。1部上場企業だが、ほぼオーナー会社だったからラッキーだったと思う。普通の製造業の会社ではそんなことはできないので、例外かもしれない。日本を向かず、現場だけを見てやれた。 

 

会場参加者からもれた感想:

「中山さんは、サラリーマンじゃなくて、もう企業家だね。」