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ワークショップ『ドローン×アジア』開催, 2016年11月26日, アジアで, 日本でドローンは普及する, それもバリエーション豊かに。スピード感をもってリスクテイクできればチャンスはある。

ワークショップ『ドローン×アジア』が昨日、無事開催できました。

おかげ様で大変刺激的なワークショップを開催することができ、詳細についてはドローン関連のメディアに掲載されるかもしれません。

それぞれの報告では、若手企業家・若者が動かす中国ドローン産業(伊藤)、アジアでのドローン普及のバラエティ(川ノ上さん)、日本におけるホビー用ドローンへの規制の厳しさ(小寺さん)、一方で航空法改正によってむしろ産業用ドローンへの参入が増えたという指摘(熊田さん)、それでもスピード感とリスクテイキングが足りない、戦術では戦略を取り戻せないというメッセージ(徳重さん)、日本ならではの強みとアジアへの展開の可能性(阿部さん)、などなどたくさんの面白い論点がでてきました。

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完璧な紅葉日和でした

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DSC_0129.JPGはじめに私から主旨説明。世界同時立ち上げ産業としてのドローン産業の特徴、そして中国という新興国からパイオニアDJI社が登場したことを簡単に確認しました。

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「ドローンの都・深圳はいかに形成されたのか?」(伊藤)。中国深圳がドローン産業の中心地となっていることについて、サプライチェーン、研究開発、企業家とエコシステム、スピードとアジャイル感満載のメンタリティの四点を指摘しました。この写真で上がっているスライドは深圳市の人口ピラミッドで、生産年齢人口が80%を超えていますし、20代ばかりです。

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自分のスライドなので貼ってしまいますが、いわゆる「イケてる1980年代以降生まれの企業家」は、沢山いると思っています。企業規模の観点からみるとDJIは例外かもしれませんが、企業家としてのワンさん(DJIの創業者)が例外ではないと考えています。

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前半二人目の報告。「アジアにおけるドローンの普及をどうみるか? 」(智聯國際開發股份有限公司 川ノ上和文さん)。ドローンの普及を考えていくうえで、特に各地域の課題の違いに注目して、中国の農村部でのドローン物流の進展、EコマースプラットフォームJD(京東)による物流網整備の動き、さらに離島での移動やモンゴルでも家畜のトラッキングの話などが紹介されました。アジアにおけるドローン普及のバラエティの幅広さが伝わってきました。

 

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「加速するアジアのドローンレース」 (一般社団法人日本ドローンレース協会(JDRA) 小寺悠さん)。ドローンレースを主催している小寺さんによる報告では、韓国やハワイでのレースを紹介しつつ、日本国内でのドローンと無線への規制によって、FPVドローンレースの国際大会の開催が難しい状況が報告されました。この点は最後のパネルディスカッションでも取り上げられてた点で、今後日本でドローンユーザーを広げていくうえでの課題として共有できました。

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「日本ドローンビジネスの可能性」 (ブルーイノベーション株式会社 熊田貴之さん)。ドローンの市場予測はいくつも出ているのですが、それをどのように読めばいいのか、その予測の背景に何が想定されているのか、が解説されて大変勉強になりました。倉庫需要が伸びると想定する場合には、非GPS環境でのコントロールの問題がそれまでに解消されているという予測になる、等です。また2015年12月の航空法の改正によって、産業用ドローン市場には新規参入が相次いだ点が指摘されました。

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「日本企業はいかにアジアを開拓/活用するか?」 (テラドローン株式会社 徳重徹さん)。ドローン市場を考えるときはグローバルに考えなければ意味がない、またその際にはとにかくスピードが重要になって来ているというご指摘、会場でもかなり反響があったと思います。また日本の大企業がスピードとリスクテイキングをできれば、これほど強いところはないだろうという指摘もありました。来年1月には海外への子会社の設立もリリースされるようで、「テラスピード」での成長が実現しつつあり、人材を募集しているとのことでした。

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「ドローンのグローバル市場におけるアジアの優位性とは」 (株式会社CLUE 阿部亮介さん)。測量やインフラ点検、そしてクラウドサービスを展開している阿部さんから、さらに今後アジアでどのような可能性がありえるかご報告いただきました。アジアでは日本、中国、シンガポール以外ではまだまだソリューションの展開事例が限られており、ここに可能性があるだろうという指摘はとても刺激的でした。

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パネルディスカッションの様子。パネルディスカッションでは日本の強みと弱み、そして目下、発展のボトルネックになっているドローン人材をどう確保していくか、という二点を議論しました。人材に関しては徳重さんはITをやっているような人が来るのが良いのかもしれない、と指摘し、また阿部さんからはドローン自体の知識や操作については入社後にトレーニングも可能なので、それ以外の部分がより重要だとのコメントをいただきました。フロアからもホビー用への規制をどうすればいいか、そしてドローン業界で求められるスピードを確保するにはどのような工夫が必要か、という質問がでました。

全体を通して、やはり徳重さんが言った「スピードとリスクテイキング、そしてバイタリティがあれば、負けるわけない」というメッセージが重かったですね。また小寺さんが指摘したように、ホビー用のドローンでは、特にFPVへの規制が厳しく国際大会の開催が難しいという点は、ドローンを幅広い層に浸透させていく上で、大きな課題となっていると知りました。

これからもこうしたワークショップを開催していきたいと思っています。ご登壇・ご参加いただいた方々、誠にありがとうございました!また末筆になりましたが、当日お手伝いいただいた、徐龍輔さま(受付、カメラ)、高須正和さま(撮影)、藤川理恵さま(受付)、誠にありがとうございました、おかげ様でなんとか開催できました。

“Maker”をどう訳すのか問題。日本は「メイカー」、台湾は「自造者」、そして大陸中国では「創客」。大した問題じゃないかもしれないし、結構大事な問題かもしれない。

Ted Hungさんが感じた違和感

台湾のFablab TaipeiのTed Hungさんに先週会って、要約すると「大陸中国と台湾ではメイカーカルチャー結構違うんですよ」というお話を聞きました。とくにTedさんが「Maker Faire Shenzhenに行ったけど、退屈で、お金儲けのことばかり考えていて、違和感を感じた」と語っていた点、そして「中国大陸でメイカーを意味する「創客」は、よりスタートアップに近い発想だ」と指摘した点が面白く、それからこの問題について、少しだけ調べてみたので、メモしておきます。

本来一番知りたい問題は、各国のメイカーカルチャーがどれくらいローカルなもので、どれくらいユニバーサルなものなのか、そしてそれぞれの地域でローカルであることがどういった意味を持っているのか、という点です。この問題については、私なんかより、高須正和さんがハッカースペースについてのCodeZineの連載でたくさんの指摘をしていると思います。そこで高須さんは「おまいら」という言葉で、ハッカーたち、あるいはメイカーたちの共通する属性をとらえているのですが、一方でフランスではメイカーたちからより政治的な匂いもしたりして、この「おまいら」はどこまでユニバーサルな「おまいら」なのか、興味が湧くところです。

アンダーソンのMakerをどう訳すか

この点について自分は全然蓄積がないので、ここでは、ごくごく簡単に、メイカーズムーブメントの火付け役となったChris AndersonのMakers: The New Industrial Revolutionのタイトルが、どのように訳されているのか、という点を取り上げてみたいと思います。

日本では、上記のクリス・アンダーソンの書籍は、『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』(2012年、NHK出版)です。タイトルでは、あえて翻訳をしない、そのままアルファベットを記すという選択がされています。そして本文では、”Maker”は基本的に「メイカー」とされていますが、場所によっては次のような書かれ方をしています。

僕らはみんな作り手(メイカーズ)だ。人間は生まれながらのメイカーズで(お絵かきや積み木やレゴや手作りおもちゃに夢中になる子供を見るといい)、もの作りへの愛情は、多くの人々の趣味や情熱の中に生きている。

(邦訳版、p.20)

いま、世界中におよそ1000カ所の「工作(メイカー)スペース」――みんなで共有する工作施設――が存在し、驚くべき速さでその数は増えている。

(邦訳版、p.28)

つまり、”Maker”は、「作り手」、「工作」などといった日本語に翻訳され、それ自体はとても自然なことです。ただ、ここで「メイカー」というカタカナの表現は、いわゆる製造業企業を指す「メーカー」と差別化するために、意図的に「イ」が挿入されていることです。当然ですが、一般的製造業企業としての「メーカー」は、「メイカー」とは全く異なる、というわけです。2006年、日本語版のMake誌の第一号でのデール・ダハティ(Dale Dougherty)の「Make創刊に寄せて」では、カタカナにも訳さず、「Maker」と表記していたので、クリス・アンダーソンの議論が登場するタイミングで「メイカーズ」という表現が定着したのかもしれません。

日本では”Maker”の翻訳をカタカナとし、また「メーカー」と区別することで、誤解やあるいは何らかの解釈を加えることを避けた、と言えそうです。ただ、この場合にも、一般の読者や会話の中では「メーカー」と「メイカー」の区別が曖昧になってしまうという課題も抱えているように思います。本当に「メイカー」でいいのか、という点は考えねばならないような気がします。

台湾と大陸中国の差異

興味深いのは、台湾と大陸中国の間の差です。

台湾、あるいは繁体字圏での、アンダーソンの書籍のタイトルは、『自造者時代:啟動人人製造的第三次工業革命』(2013年5月、天下文化出版社)となっています。「自造者(Zizaozhe)」、自ら造る人、たしかに”Maker”として適切な言葉のように感じます。したがって、”maker space”は、「自造者空間」となります。

一方、大陸中国でのタイトルは『创客:新工业革命』(2012年12月、中信出版社)です。日本語の漢字に直すならば、「創客」、発音はChuangkeです。Eric Panのメイカースペースの名前も、「柴火創客空間」です。では「創客」とはどのような意味でしょうか?まずBaidu 百科の定義を引用しておきましょう。

原文:指不以赢利为目标,把创意转变为现实的人。(中略)在中国,“创客”与“大众创业,万众创新”联系在了一起,特指具有创新理念、自主创业的人。

訳文:利益を目標とせず、創意を現実へと変える人を指す。(中略)中国では、「創客」と「大衆創業、万衆イノベーション」政策はセットになっており、とくにイノベーションの理念を持ち、自ら創業する人を指す

Baidu百科より)

上記のBaiduでは、とくに創業が強調されていることが一つの特徴でしょう。さらに面白いのは、「創客」の事例として、孔子、スティーブ・ウォズニアック、Adrian Bowyer、クリスアンダーソンが同列に紹介されているのですが、この点にはここではあまり踏み込まないことにします。

一方、Wikipediaにおける「創客」の解説は次の通りです。

原文:创客(Maker,又譯為「自造者」)概念来源于英文Maker和Hacker两词的综合释义,它是指一群酷爱科技、热衷实践的人群,他们以分享技术、交流思想为乐,以创客为主体的社区(Hackerspace)则成了创客文化的载体。

訳文:創客(Maker, または「自造者」)という概念は英文のMakerとHackerの二つの単語の総合的な解釈で、科学技術を熱愛し、実践に熱中する人々を指し、彼らは技術の共有とコミュニケーションをとる思想を喜びとし、創客を主体とするコミュニティー(Hackerspace)が創客文化のゆりかごである。

Wikipediaより)

「創客」という言葉が創造された

ここで指摘されている興味深い事実は、「創客」が、MakerとHackerが融合した訳文となっているという指摘です。中国語で、Hackerは「黒客(Heike」なので、やはり「創客」にはHackerに含まれない意味が込められているということになります。文字面からすると、「創客」は、「イノベーションを行う人」または「イノベーションをするハッカー」というようなニュアンスが感じられます。

いずれにしても、”Maker”の大陸中国語への翻訳のプロセスにおいて、新たな概念が作り出されたという点が重要な意味を持っていると感じています。Fablab TaipeiのTed Hungさんと、上海のXinchejianのDavid Liさん(台湾の高雄出身)にもこの点を聞いてみたのですが、やはり、台湾では当初は「自造者」を使っていたが、徐々に「創客」も使うようになったとのことです。台湾や香港で用いられている繁体字のWikipediaでは、「創客」の項目が存在しないという点もこのことを表していると思います。David曰く、そのうち台湾でも「創客」が使われるようになるんじゃないか、とのことです。

大陸中国でも「自造者」が使われていないわけではありません。例えばMaker Faire Shenzhenのトークセッションの名前は、「自造談(Zao Talks)」だったわけです。ただ、Baiduで「自造者」を検索すると3810件、それに対して「創客」では5670万件ヒットするわけです。大陸では「創客」が「自造者」を圧倒しています。Eric Panに一度、なんで「創客」になったのか、一度伺ってみたいです。

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Zao TalksでのEric Pan

実は中国大陸では、アンダーソンのMAKERとは異なる概念や文脈で、メイカーズムーブメントが語られているのではないか…、このように感じるわけです。ここから先は、印象論なのですが、Ted Hungさんが感じていたようなDIYに近い概念がやはり「自造者」で、大陸中国における創業やビジネスマインドがより濃く反映された言葉が「創客」なのかもしれません。メイカーズムーブメントはそれぞれの地域のローカルな状況によって、その内容が少しずつ違うようなのですが、同じ中国語圏内で、二つの訳文が存在するという事実は、両地域におけるローカルな文化や雰囲気を反映しているのかもしれません。

“What’s special about Shenzhen?” session at Keio SFC, 30th Oct 2016 (English version)

At the annual meeting of the Contemporary Chinese Study Association of Japan 2016, held at the Keio University SFC campus, we organized a session entitled “Epicenter of China’s Innovation: Shenzhen.” Since the discussion was remarkable interesting, and I found there are many accesses by foreign web users, I just briefly report the discussion as below. There were three presentations, and got many comments from audiences. Any comments are welcome.

1. First presentation: Prof. Tomoo Marukawa on “What is ‘special’ about Shenzhen?”

In the first report, Prof. Tomoo Marukawa (University of Tokyo) reported on the research questions of the whole session, the title says, “What is ‘special’ about Shenzhen?”. Basically, this question became a research question throughout the session. I will write a summary of the report with a keystroke.

1) In Shenzhen, although the number of university faculty members is extremely small, the number of patent applications for invention patents is remarkably large, and it is “outlier value” in China. If the value derived from the correlation between the number of university faculty members and the number of patents in various parts of China is the predicted value, Shenzhen produces a patent of 46 times of the predicted value. In fact, it means that Shenzhen’s patent production is largely based on researchers of private companies, not universities.

2) Looking at the growth rate of Shenzhen’s number of patents, a substantial change in growth rate is observed in 1997. 1997 was an epoch.

3) A recommendation by Liu Guoming of the Chinese Academy of Social Sciences invited to Shenzhen in 1992 was adopted extensively in the Shenzhen 9th Five-Year Plan (1996-2000). By looking at the contents, it includes High-tech industries promotion etc, it was very foreseeable contents.

4) Huawei’s employees also had to get a “temporary residential permit,” and gradually gained policy support later on. Even compared with Beijing and Shanghai, it may be cited as the special condition of Shenzhen, issuing a temporary residential permit. Relatively, being tolerant and open to outside technicians was important aspect of Shenzhen’s success.

 

2. Second presentation: Dr. Koichiro Kimura on Startup in Shenzhen

In the 2nd report, Kimichiro Kimura (Institute of Developing Economies, JETRO) reported on “Increasing startup and changing Chinese economy: Innovation and ‘Going Gobal’ through startup”.

1) He has especially focused on companies that are active in overseas markets. For example Huawei, ZTE, Lenovo, Haier, Midea and others. However, recently, startup companies are also rapidly growing. It is necessary to consider how to think about this phenomenon.

2) Although growth of startups such as SZOIL and SEEED are observed, it seems that the growth of Internet technology, the presence of orders from the bay area, the spread of smartphones / tablets, etc., namely the global contexts are important factor behind the Shenzhen’s rise.

3) Shenzhen is getting along with waves, such as popularization of open source manufacturing, popularization of cloud funding, the appearance of a company that supports start-ups. Imitation is also occurring frequently, but according to HAX, it is not easy to combine multiple functions and create a community with the users. But in Maker Fair Shenzhen, there were a lot of imitation products of Makeblock.

 

3. Third presentation: Dr. Asei Ito (me) on drone industry

As a third report I gave a report titled “Digital Dragon Head, Shenzhen: A case of unmanned aerial vehicle (drone) industry.” The main points are as follows.

1) The drones are so-called “flying smartphones,” so the parts overlap with the smartphone. Since China is making 450 million smartphones in 2015, it is certain that China will become the production base of drone. Interesting thing is not just production base, but a pioneer company DJI has appeared from China. In other words, “Emerging industries are born from an emerging country.” This mechanism is necessary for analysis.

2) Behind the mechanism, DJI used the Pearl River Delta supply chain while making in-house flight controllers. Because there is a foundation parts industry at the regions, it is easily possible to deal with new emerging industries and products. Besides Frank Wang of DJI, young entrepreneurs in Shenzhen are basically born in the 1980s and a lot of people graduated from the top engineering universities. So for Shenzhen, there was another important epoch in the late 2000s, namely at the time these entrepreneurs started their own businesses.

3) DJI does not “catch up” to imitate industrialized countries or companies, does not “catch-down” to sell medium and low price goods to the low-end market of emerging countries. In addition, core parts, namely flight controller is in-house. It is a very interesting pattern. However, looking at the registration information of the company, DJI is a 100% investment company from Hong Kong and should be treated as a foreign capital company. Looking at the notification of regulations on investment by foreign capital, this point is a mystery as it is said drone manufactures must be owned by local Chinese side at least 51%.

4) Speaking of the number of patents, there are more in Beijing, so we should focus on the characteristics of Shenzhen which still based on a hub of the electronics and IT industry. Personally I would like to call Shenzhen as the “Digital Dragon Head.”

 

4. Discussion

And so far, three people reported 20 minutes each. Here after is discussion. It was greatly exciting from here; some important questions are as follows.

1) Comment by Professor Ryoji Nakagawa,  Ritsumeikan University

In Shenzhen I knew there were two worlds of Majors (Huawei, ZTE, Tencent etc.) and Shanzhai (guerrilla world). But this time in the session, I realized there is another world, Makers / Startup. The problem here is the relationship between the three worlds. From Shanzhai, what kind of route can you upgrade to Makers / Startup and can you level up from Makers / Startup to Majors?

2) My note

As expected, Professor Nakagawa specializing in the electronics industry, this comment was quite exciting. In my opinion, DJI was developing and selling flight controllers (for single rotor) with just the number of employees at the founding of the company in 2006, so it was just the startup. Ten years later, the corporate value reached 1 billion dollars, becoming “unicorn.”Obviously DJI was a case of transition from Makers / Startup to Majors. It may also be necessary to examine the paths of Vivo and Oppo that are successful worldwide smartphone market. In the case of upgrading from Shenzhen to startup, I think there are many cases.

Another thing that can be pointed out is the huge world that exists outside the three above worlds. It is a foreign-trade-oriented processing trade / OEM world, namely ‘old Shenzhen world’. It seems that this still exists. This world was hit hard by the 2008 financial crisis. I think that this is the story behind the rise of Makers / Startup. I think that the timing of the change was also important.

Many other interesting questions were raised by audiences as below.

1) Is DJI an exceptional case among Chinese enterprises?

2) Richard Florida points out, tolerance, is important. Is Shenzhen tolerant place?

3) Since Shenzhen is away from Beijing, does this geographical condition provide a good environment for technology development and innovation?

4) Because Shenzhen is an artificial city, is there no interest group?

5) As for the change in Shenzhen, did the gradual change occur rather than the epoch-making period?

6) Conversely, is there an innovative state-owned enterprise?

7) Why is Japan struggling with drone industry?

8) How does the development of Shenzhen lead to the development of China as a whole?

9) How much can we explain the Shenzhen’s growth by number of migration or population growth?

10) Although special factors have been pointed out in case studies such as Zhongguancun, Wenzhou and Yiwu respectively, in Shenzhen, more important factors and universal logic should be emphasized. In particular, the function of the market mechanism and the presence of government intervention should be examined.

 

 

台北訪問記(2016年11月), No.3, Fablab Taipei訪問, 台北メイカーズムーブメントの普及と一段落?

前述のコンファレンスの後にFablab Taipeiの創設者Ted Hungさんに案内していただき、インタビューができました。

Hungさんは米国の大学院修士を終えたのちに現地企業に就職、帰国後に台北にFablabがないことに驚いて、2013年Fablab Taipeiを開設したそうです。当初の場所はかなり狭い敷地だったようで、2016年夏に現在の花博に移転してきたそうです。

インタビューで面白かった点をいくつかメモしておきます。第一は台北のメイカーカルチャーの特徴についてです。Hungさんによると、台北のメイカーカルチャーと既存の製造業との間には壁があるようで、その間には交流は少ないそうです。日本でもこれに近い状況のような気がするのですが、どうでしょうか。

台北のメイカーカルチャーはホビーに近いものが多い。台北近辺には数多くの工場があるものの、Fablabで行われていることとは率直に言って壁がある。ハードウェアを商業ベースで考えている人がプロトタイプを作ろうとする場合、やはり技術力のある台北付近の専門の工場に発注するケースが多く、Fablabで実際に量産につながるプロトタイプが作られたケースはとても少ない。クラウドファンディングで成功したものとしては、写真立てに電子カードを差し込んで、思い出の音楽を流すものや、アート系のインテリアなどがある。

第二に伺ったのは、深圳をどう見るか、という点です。興味深かったのは、Hungさんが、深圳のフェアーを「退屈だった」といったことでした。個人的にはかなり驚きましたが、これはHungさんが考えるMaker cultureと深圳の雰囲気が異なる、ということによって生じていて、台湾と大陸でも、このMakerに対する認識は大きく異なるのかもしれません。

深圳はとにかく速く、そして安い。100元で、極小のドローンを作って販売できてしまう。去年のMaker Faireに行ったが、正直言って退屈だった。なぜならアイデア自身はそこから出てきていないと感じたからだ。またメンタリティとしてもとにかくビジネスに乗せようとする、短期間にお金を儲けようとする傾向があって、私の理解するEnjoyDIYを重視するメイカーの文化とは違った。メイカーに対する考え方は人それぞれだが、「創客(Chuangke)」はよりスタートアップをつくり、よりビジネス化することをめざしていて、Maker cultureとは違うのではと思った。ただ、大陸中国はMaker教育にとても力を入れているので、今後は米国とは異なるメイカー文化が大陸中国からでてくるのかもしれない。

第三は、台北のメイカームーブメントの動向についてです。Hungさんによると、台北のメイカームーブメントはこの3年で普及したものの、ネット系のサービスやソフトの事業化が見られる一方で、ハードウェア系の事業やDIYの動きはそれほど広がっていないとのことでした。Hungさんのお話からは、危機感も感じられました。

 2013年から今年の夏までは別の場所で、狭かったが、ここに移ってきてだいぶ広くなった。それでも一部の木工用の機械設備は別の場所に設置している。2013年に台北に初めてメイカースペースを作ったが、その後、メイカースペースは普及して広がってきて、現在では台北だけでおそらく20か所くらいはメイカースペースができたと思う。ただ、感触では、全体に若干下火という印象もあって、一段落した印象だ。

 台湾におけるメイカーズムーブメントを私は楽観視していない。特に技術がインターネットやバーチャルな方向に進んでいるので、バーチャルな世界が常に広がり続けている。その一方で、物理的な世界が広がっていないという印象がある。会員費で運営を維持しようとしているところが多いと思うが、なりなっていないところもある。2013年にFablabを作ったときは大きな夢を持っていたが、今はちょっと違う。

ひとまずのメモまで。

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台北のロゴで、よく見るとLabとなっている。

 

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ビジター用のコワーキングスペース

 

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製品化された事例の一つ

IMG_20161117_131854.jpg製品化されたメモリーカード付き写真立て

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Ted Hungさん(右)

台北訪問記(2016年11月), No.2, Meet Taipei観覧: 台北イノベーションウィークの目玉会場「花博」はあの甲子園予選が行われた場所だった…

コンファレンスに呼ばれて台湾にいったのですが、ちょうど「臺北國際創業週」を開催中でした。10月に大陸中国の側で「全国大衆創業・万衆創新活動ウィーク」があって、各地で関連の展示会が開催されていたのは知っていたのですが、台北でもこうしたイベントがあったとは知りませんでしたし、調べてみるととても考えさせられることばかりでした。

実際に訪問したのは2016 Meet Taipeiという展示会で、スタートアップ企業が数多く出店していました。その会場は、台北市北部の中山区、MRTの圓山駅の横にある、サッカースタジアム中山足球場を改造した場所です。Wikipediaで調べてみると、この元サッカー場は、1923年、日本統治時代に建設された圓山運動場(まるやまうんどうじょう)で、映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』で有名な、甲子園大会の台湾予選が行われた場所だそうです。その後、1989年にサッカー専用スタジアムに変更され、2008年には運動場としては閉鎖、その後「台北国際花の博覧会」の会場として使われ、現在でも、現地での会場の通称は「花博」でした。さらに現在ではアートやデザイン、そしてイノベーションにかかわる複合的な施設群となっています。

もう少しググってみると、大西正紀さんがブログ「台北の花博会場が、タレント&デザイナーにより音楽×食×芸術の商業施設に!」で書いていますね。そこでも「古いモノをリスペクトしつつ、きちんとその時代時代に求められていることを取り入れながら、常に変わり続けていくという視点」を台湾の人が持っていると指摘していますが、まさにそうですね。「台湾の人たちは、レガシーとは何かを知っている」。大西さんの指摘にまったく同意します。

 

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圓山駅駅舎、このすぐ横に会場がありました

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建物の外郭。塗装を塗りなおしていありますが、かなり古いことが感じられました。

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Meet Taipei受付

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会場の端からとった写真です

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会場を出た中庭からは、そこがスタジアムだったことがすぐにわかります

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展示場の裏に行ってみると、まさに昔の客席が残っています

写真をご覧になればすぐわかると思いますが、一見して建物の外郭は、かなり老朽化が進んでいました。スタジアムの外郭はほぼそのままで、スタジアムのグラウンド部分に展示会場を建設し、外郭の1階部分はお店やテナント(Fablab Taipeiなど)が入居していました。現地で、「なぜこれほど古いスタジアムを壊して再建設しなかったのか」と疑問に思ったのですが、単に私が歴史を知らないだけだったのでした。もっと勉強して、再訪問せねばなりません。

いずれにせよ、そう、この甲子園予選が行われた場所で、台湾中から新世代のスタートアップが集まるMeet Taipeiが開催されたわけです。Meet Taipeiは2011年から始まり、その主催団体はテクノロジー雑誌「數位時代」とMeetという団体でした。これを台北市の産業発展局、国家発展委員会、科技部、経済部中小企業処など、様々な団体がサポートしているという体制になっています。

4時間ほどしか見れなかったのですが、いくつか印象に残った点を書き残しておこうと思います。第一は、おもにソフトウェアや日用品のデザインなどがメインで、一部、ポータブル3Dプリンタなどのハードウェアもありましたが、深圳のMaker Faireと比べると全体としては少なかったと感じました。第二は、農業や食品といった、いわゆるテクノロジーから遠そうな領域で、有機農業や健康を売りにした出展もあった点が、とても台湾的だなと個人的には感じました。そして第三は、中小企業処や、大学なども含めて、公共機関・教育機関関連のインキュベーションプロジェクトからの出展が目立ったということです。台湾では、工業技術院がハイテク産業の育成の面で重要な役割を果たしてきたという話を聞いたことがありますが、こうしたスタートアップ企業の支援の面でも、公共機関が果たしている役割は大きそうです。

以下では、会場の雰囲気を写真を交えてご紹介します。

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台湾の農作物を越境ECで主に大陸向けに輸出するビジネス。「両岸青年創業支援」というような枠組みがあるそうで、上海とアモイにもオフィスがあるそうです。

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VR用のコンテンツを開発している会社。展示していた作品のなかで面白かったのは、ウイスキーの工場を見学するもので、ウイスキーの販売促進用とのこと。工業学校を卒業後に3Dインテリアデザイナーとして活動し、その後VR用のコンテンツにも事業を拡げたとのこと。端末はHTCのものでした。

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台湾科技大学の「創新育成中心」のパビリオンのなかで、かなりの集客を集めていた、ポータブル3Dプリンター。149ドルでの量販を計画しており、来年にはリリースとのこと。

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女性の創業を支援する「飛雁計画」、まさにFlying Geese Planと書かれていて興味をもって話を伺いました。とくに35~40歳の創業を支援しており、飲食やサービス業が主な事例とのことでした。

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このロゴをデザインしたデザイナーがいったい何を狙ったのか、熱く語っていました。

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フランスへの投資を呼びかけるセッション。「フランス人は意外に働き者ですよ」みたいな冊子を作っていて、なかなか面白かったです。台湾からの投資があるのでしょうか。

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プレゼン会場はこのほかにも2か所あって、企業家によるプレゼンや、賞状の授与などが行われていました。

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訪問団がいくつか来ていたのですが、喪服のグループがいたので声をかけてみたらやはりタイからの視察団でした。タイでも現在スタートアップ支援を進めているようで、その政策を立案実施するために、政府と企業の関係者が来ていました。

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デザイナーズグループ、buyMood。東京デザインウィークにも出展したことがあるそうで、Tシャツやステッカーなど、どれもほしくなるようなものでした。ウェブサイトから買えるとのこと。

Maker Faire深圳が開催された海上世界の歴史については、すでに取り上げましたが、台北でも、実に歴史のある場所が新しいイノベーションやアートの拠点となってきていることを知り、再開発とはかくあるべきだと感じました。また現地ならではの産業基盤を活かして創業しようとする若い世代が、台湾にもたくさんいるということも感じられる展示会でした。普段は大陸のことばかりを勉強していますが、こうした台湾の新しい動きにも視野を広げていきたいと考えるようになった、とても有意義な訪問となりました。